ものかき部

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とっておきの詩/エピローグ
2002年05月18日(土)

俺は窓際に座って詩を考えている。
爽やかな春風が吹き付ける。
こんなボロアパートでも晴れた日は気持ちが良い。
今日はバイトも約束も何もない日。
遅い昼食を終えて俺の久しぶりのからっぽの時間がはじまろうとしていた。

俺は適当にペンを走らせる。
誰にも話したことはないが、俺には詩人になるという夢がある。
鼻歌を唄う。
そのメロディはいつか誰かが弾いたような旋律であったけど
俺はそれが誰のものだかわからないまま勝手に手を動かし
勝手な唄を歌い続けた。
はじまりも終わりも知らない、ありふれたメロディの断片。
それは風に波打つカーテンを揺らし、ベランダを離れ、
小春日和の空へと流れて行く。








ぼ〜っとする時間もいいな・・・。
昼寝でもしようかな・・・。
・・・・・・・・・・・・・。

ピリリリリ!!!

ん?
ああ、携帯が鳴ってるのか。
誰かな?
それにしても俺の着信音は味気ないな。
まあ、いいか・・・。




「はい、もしもし」
「おお、オレだよ。石沢だよ。高志、今何やってた?」
「いや、別にめずらしく暇してたけど・・・」
「そっか・・、じゃあちょっと話を聞いてくれないか?」
「おお、いいよ」
「この前、奈緒さんと話してたの聞いてたろ?」
「・・・ああ。聞いてたよ」
「オレ、好きな子が出来たって言ったよな?」
「ああ、守ってあげたいとか言ってたな」
「その子にさ・・、今から会いにいこうと思うんだよ」
「おお、いいじゃん」
「でも、仕事でしか会ったことなくて、会う約束もしてないんだよ」
「うん」
「緊張してたからさ、お前に聞いてもらおうとおもって電話したんだ」
「そうか。楽になったか?(笑)」
「ああ、男の声でもたまには楽になるな(笑)」
「頑張ってこいよ!!」
「おお!!振られたら愚痴でも聞いてくれよな」
「自慢話なら聞いてやるぞ」
「追い込みやがったな・・・。まあいいよ、自信ないけど頑張るよ」
「おお、成功で終わったら連絡くれよな」
「ありがとうな、高志。じゃあ行ってくる」




楓志も思い切るよなあ・・。
いつもと考え方が変わったよな。
・・・・・・・・・・・。




ぽろろろろん♪


ん?今度はメールか。

『こんにちは、かなです。この前は助けていただいてありがとうございました。上野さんは話しやすくて、とても落ち着きました。私は人と話すことが苦手だったんですよ。でも、上野さんと話が出来て、なんかちょっと変われた気がします♪私、何言ってるんでしょうね(笑)。ありがとうございました〜』


ああ、あの子かぁ・・・・。
こんなに元気な子だったけ?
うん、俺のおかげってか?
悪い気はしないな。





・・・・・・・・・・・。

ぽろろろろろん♪


またメールか。忙しいな今日は。



「先輩、今度の土曜の夜のバイト休ませてくれませんか?
この前話したメル友の女の子が会おうって言ってきたんですよ。
僕、なんかわからないんですけど、ここが勝負だと思うんです。
恋愛とかそういうんじゃなくて、今までの自分を壊せるんじゃないかなって。
本当の自分を出せると思うんです。時間がないんです。お願いします、思いっきり私用ですけど、僕にチャンスを下さい。迷惑かけてすみません。では。」



太郎か・・・。
あいつも何かいつもと違うな・・。
仕方ない。
ちょっとしんどいけど、休ませてやるか。
感謝しろよ、太郎。
愚痴なら聞いてやるからな。






・・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
・・・・ん・・・・・・。
ああ、いつのまにか眠ってたのか・・。


ふと、俺の横顔を西陽が差した。
もうこんな時間か。
結局、ひとつも詩が書けなかったな。


俺はまた窓際に座り、考え事をしている。
俺の頭の中には
『変わりたい』
そんなフレーズがぐるぐると回っている。
あいつらのせいだ。
そろいもそろって節目を迎えている。
俺は、俺は、俺は。
いや、やめよう。自己嫌悪に陥りたくはない。
そんなことを考えてる自分が情けなかった。


俺はまた鼻歌を歌っている。
カーテンが外の方に優しそうに膨らんでは
また内側に戻るようにゆったりと全体を包み込んでいった。
下手くそな鼻歌は風に乗って
行くあてのない風船のように天に向かって流れていった。
まぶたに残るあの幻の赤い風船は薄い空に映えて
ずっとずっと高く上っていき、消えていった。
今だけは何も考えなくていい、いいんだ。


ピリリリリリ!!

あいかわらずの着信音が俺の耳をつんざく。
電話はあまり好きな方ではないが
今日はまったく嫌な気がしなかった。



「もしもし、奈緒です」
「はい、どうしたんすか?」
「今日、会えない?」
「え、もちろん大丈夫ですよ」
「うん、よかった、聞いて欲しいことがあるの。」
「また愚痴ですか?」
「違うよ!私は変わったの」
「(奈緒さんも変わったって言ってる・・・)・・・」
「ん?どうしたの?」
「いや、何もないです」
「私ね、チガヤに言われて思ったの。」
「・・・・・・・・はい。」
「人と向き合ってみようって。自分と向き合ってみようって。
自分の気持ちを見つめなおしてみたいの。」
「はい、そうですか。それなら喜んで聞きますよ」
「うん、ありがとう。良いお店見つけたからそこに行こう〜」
「はい、いいですよ」
「じゃあ、いつものところで!!」
「はい、またあとで会いましょう」
「バイバイ!!」



奈緒さん・・・、変わった。
周りの人間がどんどん変わっていく。
自分を見つめなおしている。
俺は、俺は、俺は。
いや、やめてはいけない。
俺も変わりたい・・・。
変わりたいのか?
でも、どうやって?

まただ。また俺は1人で悩んでいる。
どうして誰にも言えないんだ?
いつも外面を気にしている。
内面を人に見せない自分を時々嫌に思う。
誰かに聞いて欲しいんだろう。
誰に?






何気なく外を見る。
小学生が公園でサッカーをしているのが見える。
女の子も混じっているようだ。
ほんと楽しそうに遊んでいる。
俺にもあんな頃があったんだなぁ。
いつから変わってしまったんだろう?
無邪気に遊ぶ姿。


その時、ひとりの女の子がこんなことを言っているのが聴こえた。


「わたしね〜、わたしのおばちゃんみたいにセンセーになるの!!」


大声で、恥ずかしがらずに話している。
俺も昔は言えたはずなんだ。
自分の夢が恥ずかしいだなんて思っていなかった。
でも、今は誰にも言えないでいる。


あの頃のように夢を語れたら・・・、そう思った。
あの頃のように・・・・・。
あの頃に戻りたい・・・・。


そうだ。
俺が初めて書いた詩はなんだっけ?
まだ純粋だった頃の詩は?

俺は創作ノートを作っている。
12年前からの習慣で、もう20冊以上になっている。
机の引出しから、『創作ノート その1』を取り出した。
日付は12年前。
これがきっかけで俺は変われるかもしれない。
これがきっかけで俺は戻れるかもしれない。


ゆっくりと1ページ目を開いた。

そこにはたった一行の詩が書かれていた。







―――ぼくは詩人になるんだ―――





俺は大声を出して笑った。
な〜んだ。
何も変わっちゃないじゃないか。
俺は今でも詩人になりたいと思っている。
そうか、俺はずっと変わっていなかったんだ。

生きる上で知識が付いてしまっただけだ。
深い部分は何も変わっていなかった。
僕は俺だ。
自分は変わらない、周りを変えればいい。
そう思うと少し気が楽になった。




俺はまた鼻声を唄いはじめた。
昔好きだったあのメロディの断片を不器用に、
確かめるようにもう一度なぞっていく。
何度も親しんだあのメロディが今、新しいもののように
自分のために流れ出す。


不安定に震える俺の歌声はたよりなく部屋に漂い
それでも自分の両耳を突き抜けて
夕暮れの街へと降りていった。




―――いつまでも変わらないから・・・―――



そっとつぶやき、俺は家を出る。
いつものように、いつもの街を歩く。
そしていつもの待ち合わせ場所へ向かう。
奈緒さんもいつものようにそこに立っている。



「お〜い、こっちだよ〜」
「こんばんは」
「じゃあ、行こうか」
「あ、その前に・・・」
「ん?何?」
「奈緒さん・・、今日は・・・」
「うん。」






「俺の夢を聞いてくれませんか?」









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