■2008年06月19日(木)
― 定規 ―
中学時代の親友、Eちゃんと久々に飲み会。前から楽しみにしていた約束だったので、仕事が忙しかったけど、この日のためになんとかがんばって時間を作ることができた。良かった♪ 「お食事会」ではなくあえて「飲み会」と表現したのは、Eちゃんは私の親友の中でも数少ない「お酒を飲むが好きなヒト」だからだ。会うといつも、ビールやワインをた〜くさん飲みながらいろんなことを語り合う。根が明るいEちゃんなので、話もはずむし、陽気にほろ酔いして楽しくて…。とっても心地いいひととき。 とはいえ、Eちゃんも今や一児の母。もちろん前みたいに頻繁に飲み会はできないけど、この日は、ご両親がお子さんを見てくれたので、こうして私と会うことができた。お仕事に、家事に、育児に、毎日忙しいEちゃん。この日はいい気分転換になったんじゃないかな。 忙しいはずなのにEちゃんはいつも自然体。自分を取り巻くさまざまな状況を、さらりと受け止めて、でもしっかりとした足どりで、一日一日を楽しく明るく過ごしているカンジ。同じ女性として、ヒトとしても「ステキだな」って素直に思える。 Eちゃんのすごくいいところは、決して「自分のモノサシで他人をみない」ところだ。 妻であり母であるEちゃんと独身まっしぐらの私。趣味や興味あることもかなり違う私たち。なのにいつまでも仲良くいられるのは、Eちゃんのその「いいところ」のおかげでもあると思う。 知人のなかには、私に良かれと思って、たぶん親切心で、私にさまざまなことを諭したり忠告したりする人もいる。きっと、その人と私の考えかたや物事の捉え方の相違が、そうさせるんだよね。 私のことを気にかけてくれるのはありがたいし、心配をかけて申し訳ないな…と思う。でも、たまに「お願い!私のこと信じてそっと見守ってて!」という気分にもなる。 でも私も誰かにそれと同じようなことを、うっかりしちゃってるかもしれない。知人として「アドバイス」とか「忠告」することも時には必要かもしれないけど、その人の「生き方」や「たいせつな思い」を根本から否定したり覆すことは、したくないし、私もされたくない。 私も、Eちゃんのことを世間一般の杓子定規で見たりしない。誰が何と言おうと、Eちゃんも私もお互いに、シアワセにイキイキと人生を過ごせたら、それですべてはOKなんだよね。
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