感想メモ

2014年08月16日(土) 長女たち  篠田節子


篠田節子 新潮社 2014

STORY:
「家守娘」…介護が必要な母のため、結婚をすることもできず、ついには仕事もやめた直美の行く末は…。
「ミッション」…がんで死んだ母の主治医に憧れ、医者になった挙句、主治医の後を継ごうとヒマラヤにやってきた頼子は…。
「ファーストレディ」…糖尿病の母の看病と医者の父の手伝いに明け暮れる慧子。母の容体が悪くなって…。

感想:
 実は長編だと思っていた。そしたら、短編が3つだった。

 1作目と3作目はどちらも母の介護系の話で、長女というだけで、母に束縛された挙句、母の看病をし続け、母に反発しつつも、母にはあらがえないみたいなそんな感じが共通している。

 2作目は母も父もすでに亡くなっているのではあるが、母が病死した後、自分の夢のために老いた父を一人、家に残した挙句、父が孤独死した経験があるという、ちょっと特異な境遇である。

 面白さという意味では、1と3がよかったかなとは思うけれど、2は毛色が違ったけれど、それはそれでなるほどと思わせるものがあって、人の死について考えさせられる。

 1は痴呆の問題を扱っている。すでに嫁いでしまった妹には理解してもらえない状況だ。

 実の母というだけで、娘以外の介護をことごとく拒否したり、デイホームなどの福祉についても、「老人ホームに捨てるのか」のような感じで言われ、仕事を続けるのも難しくなって、母のためにどんどん世界が狭くなっていく直美…。

 すべてを投げ出したくなる閉塞感がそこにはある。

 そして、3作目の母は糖尿病を患うが、娘の作った病気によい食事には一切手をつけず、隠れてスイーツをむさぼり食う。そして、次第に病状が悪化した挙句、「あなたの腎臓ならもらっていい」と…。

 母が娘を自分の所有物としてしか見ていないことに気付いた時、慧子はここにはもういられないと突然悟る。

 そして、2作目だが、ヒマラヤの奥地の村では、突然死が当たり前であった。それを西洋医学の力が変える。

 確かに寿命は延びたが、前日まで健康だった人が、突然死ぬのと違って、体のどこかが悪くなり、そこを薬で治し、今度はまた別のところが…と、病に苦しんで死ぬようになってしまった。

 村人は初めは西洋医を歓迎していたが、徐々に考えが変わって…という話で、日本のように薬や医学の進歩によって、介護を必要としながらも十年以上生きながらえるというような現実に対しての、疑問を投げかけているような感じかと思う。

 長女とは、母からの影響を一番受けるもので、長女だから、その母を無下にすることもできず、苦しむのかもしれない。

 でも、あまりにもそれがひどすぎると、家から逃げ出そうと思うのかもしれない。

 それもできずに苦しんでいる人もたくさんいるのかもしれないと思った。


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