「今日はお義父さんの命日だから何か上げておいた方がいいんじゃない?」 義母ったら今日が義父の命日だって言うのに結局夕べのうちに帰宅しなかったから。 2002年に鬼籍入りしたから今年で3年祭のはずなんだけどこんな扱いでいいのかなぁ。 神道で死は神様になることだからお祭り。 1年祭の時は神職様と親戚を呼んで一応節目の会合みたいなことを行ったし その時の神職様に「次回は5年祭で」って言われたにしても ネットなんかで確認するとちゃーんと3年祭ってのが存在しちゃう。 神式の法事は仏事とは違うにしても今日は区切りの日であるはずなんだけど。 榊やお米やお水と言った神道本来の祀り方には囚われず お彼岸だのお盆だのって神仏混合みたいな祀り方をしてる我が家だけど命日はちゃんとすべきって思えちゃう。 決して好きとは言えない義父だけど祖先なんだから一応敬う姿勢は見せないとね。 改めて考えると毎月決まった日に供養を行うって神職様に教えられたことがあったっけ。 もちろんそれが神道本来のあるべき姿なんだろうから我が家はひたすら邪道一筋。 今朝だって旦那が朝のお勤めをしてたけど義父の霊璽の入った信徒壇に灯明を点けてお茶を捧げて。 凡そ本来の命日のあり方とは大きくかけ離れてると思うんだけど気持ちの問題だからこれでもいいのかな。 私からの助言でいつも以上のお供え物をした旦那は子供達と並んで信徒壇の前でパチパチ。 私はいつもの通り慌しい朝だったから朝のお勤めは心の中で。 で、私達が帰宅すると信徒壇の前の大きな花瓶に秋の花がいっぱい。 朝の時点で花はなかったから義母が帰ってきたってことだよねぇ。 命日を忘れてたわけじゃなかったことにとりあえず安堵。 それにしても義母ったら暇を持て余してるんだから墓参くらいしたらいいのに〜。 そんなに遠い場所に位置したお墓じゃないのに義父が亡くなってから1人で行ったことは皆無。 「バスで行くからいいわ」って日頃の発言に全く真実味がないんだよねぇ。 70歳を越したから無料パス券だって持ってるんだから墓参くらい1人で行けー。 それにしても私達の配慮でお供え物がされてるってことに義母は気が付いてないだろうな。 3年祭の今日がこんな調子なんだから来年は気持ちの上でもっと簡素化しちゃうかな。 再来年の5年祭にはまた神職様をお呼びした会を催さなくちゃいけないんだけど こんなことを考えてるのってもしかしたら我が家で私だけかもしれないぞー。 仏教の法事と違って法事の回数が多いわけじゃないからいいけど 直前に慌てることにならないように来年に向けて何がしかの腹案を考えておかなくちゃ。
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