言問橋の方から、歌声が流れてきた。 「なんですか、あれ」 「教会のボランティアや。飯、配っとるんや」 橋の下には、二百人近い男が座り込み、大声を張り上げていた。 彼らの前に黒服姿の中年男とジャージの若者たちが並んでいる。 若者はハンドマイクを持って、さあ、もっと大きく、とか、一緒に、とか叫ぶ。 ぼくと先生とイヌが近寄ると、若者の一人が笑いかけた。 「どうぞ、後ろに並んで」 言われるがままに、ぼくたちは列の後ろに付いた。 橋の下のトンネルには、すえた臭気が詰まっていて、 空気中に字が書けそうなくらいだった。 みんな、潰れた声で歌っていた。 ぼくも合唱に加わった。歌詞が簡単だったのだ。
(一番) 神様 ありがとう 神様 ありがとう 神様 ありがとう 神様 ありがとう (二番) 神様 ゆるして 神様 ゆるして 神様 ゆるして 神様 ゆるして
これよりシンプルかつ力強くかつ意味不明かつクラクラな歌詞は この世には存在しないだろう。 合唱が終わった後、神父らしき中年男の説教が始まった。 聖書の朗読では、漢字を読み違えるなど、たどたどしい限りだ。 「世の中は乱れています。乱れきっております」 中年男は息も絶え絶えに言った。 「こういうときこそ、人を信じなければなりません。 そして、そのためには神を信じなければなりません。」 話は螺旋階段のように、同じところをぐるぐる回りながら テンションを高めていった。 通路に座り込んだ男たちは、わりあいおとなしく、 中年男の説教を聞いていた。 なにしろ、これが終わらないと飯の配給が始まらないのだ。 ただ、やはりどこも短気な人間はいるもので、ときどき野次が飛んだ。 「ハレルヤッ!」 「アーメン!」 これが、この集会の野次に当たるのだった。 あらゆる状況で、犬に限らず人間も、うまい工夫を考えつく。 「ハレルヤッ!」 「アーメン!」 敬虔な怒号の中、説教は終わり、ぼくたちは昼食をとった。
★東京夜話/いしいしんじ★
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