宿題

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2006年08月02日(水) ポーの話/いしいしんじ
「むろんほんものではありませんがね、
写真はつまり、そのかけら、
うまくできたまぼろしであると思うんですよ」
「ふうん」
ポーはいった。
「パン焼き窯の残り香みたいなもんだろうか」
一瞬ぽかんとした支配人は、すぐに声をあげて笑いだした。
ポーはとんちゃくせず、
「でも、香りだけじゃ、腹いっぱいにならないな」
「ええ、たしかにそうでしょう」
支配人は笑いながらつづけた。
「ただね、お客様、私のように年をとったり、
途方もなく疲れ果てたときには、
香りだけでもじゅうぶんなごちそうになる。
かえって、残り香だけあればもうそれでいい、ってことが、
生きているうちにはきっとあるんです」
「へえ」
ポーは少し驚いていた。
男の口調は、でまかせをいっているようでもない。



「写真てのは、つまり、たいせつな、嬉しいものなんだな」
とポーはいった。
「まあ、そうですな」
支配人はこたえた。
「撮ったり撮られたりした当人には、
嬉しいことのほうがだんぜん多いでしょう。
この世でじっさいでくわす出来事とくらべ、
ひどいものにあたる頻度は少ないでしょうな。
うまいパン、ひどい味のパン、
どっちにしたって、焼いたあとの窯には、
いい香りが残っているものですよ」


★ポーの話/いしいしんじ★

マリ |MAIL






















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