「俺はな、怖れてるんだよ」 肩をすくめていった。 「怖れてる?なにを?」 刑務官の問いに、 「むろん、女をさ」 味もかたちもない葉巻を、指先で回しながら、 「顔かたちや、うわべの態度じゃない。 女の奥にある全部が、俺は実のところ怖いんだ」 「わからんね」 刑務官は眉を、疑わしげにひそめ、 「面会室や、独房で、あんた、あんなに愛想いいじゃねえか」 「だから、臆病の裏返しさ」 メリーゴーランドはいった。 「女ってのは、俺にとっちゃ、目隠しして歩く夜道みたいなもんだよ。 びくついた手をぴんと伸ばして、真剣に、 気を張って進んでるんだ。 冗談や愛想がいいのは、いってみりゃ杖がわりさ。 それで暗がりをさぐってるんだよ」 「そうかねえ」 刑務官はいぶかしげに、 「仲間はみんな、あんたのことを生まれついてのすけこましだろうって」 メリーゴーランドは苦笑し、 「妹は、こんな風にいってたけどな」 ふたたび壁に背をもたせていった。 「生まれてすぐ、おふくろからちょん切られたのが、 俺はよっぽど恐ろしかったんだろうって。 それで女が怖いんなら、たしかに俺の癖は、生まれつきなんだろうな。 足の付け根にぶらさがっているものを、子どものころずっと、 へその緒の切り損ないと信じてたんだ。 おふくろにも妹にも、何にもついてやしなかったからな」 「ふうん、妹さんがいるのか」 刑務官は興味半分でたずねた。 「ひょっとして、美人か」 「ああ」 メリーゴーランドは即答した。 「俺がこの世で怖くない、たったひとりのべっぴんだよ」
★ポーの話/いしいしんじ★
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