或る日、村会を開いて、どこの家にも必ずあるという春画を集め、 どうせ持っては帰れぬものだから、これを兵隊たちに売ろうじゃないかと 議案がまとまった。 貧すりゃ鈍するの譬えか、しかし鈍どころではない、品も格もかなぐり捨てて、 ただ少しでも長く己が食いぶちを作ろうとする姿は、 祖先からの生活力の強さであろう、笑うものは一人もいなかった。
ところがこの迷案も、猫に鈴をつける話で━━この名品をいかにして ソ連兵に売るかであるが、コミュニストといえどもこれの嫌いなものはなかろう、 というところまではよかったが、道行く旦那をつかまえての流し即売ということで 話が落ちついた。 まあ、手はじめにそこからやれば、大量取引の道も開けようという、 あやふやな商算となった。
ピストルを擬してついて来たこわい顔の兵隊が、 やがて大鼻子をほころばせ、正直にポケットの金を探りながら、 やっきになって買いあさるさまは、思想も主義も超越した人間の姿に他ならなかった。 そのうち、一人が二人を紹介し、二人が四人を━━やがて下士官も将校もあらわれて、 大方を売り尽くした時には、それらが米や野菜や肉と変わって各戸に配られ、 久しぶりにスキ焼の香りのする窓も見えたのは、 こちらも笑えぬ春の絵姿であった次第だ。
★森繁自伝/森繁久彌★
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