或る夜、草臥れたから酒でも飲んで寝ようと思って、ウイスキイを飲んでいると、 いつ来たのか気附かなかったが隣に吉田が座っていたから吃驚した。 而も吉田の方から、久し振りだから乾杯しようや、と云うからグラスを合わせて、 それから ──はてな…。 と思った。念のため、 ──お前は死んだ筈じゃなかったのかい? と訊いてみると、 ──うん、そうなっているが、まあ、気にするな。 吉田がそう云うから、それもそうだと思って気にしないことにして暫く昔話をした。 野球場の外で会ったときと違って、改まった口を利かないから感じが好かった。 話をしている裡に気が附いたのだが、吉田が尻尾を垂らしていたので、これには驚いた。 椅子から床に垂れている。 ──お前は変なものを着けてるな…。 と云うと、吉田は尻尾を丸めて此方からは見えないようにして、 ──これはうっかりした。どうも失礼。 と謝ったが、別に謝る程のことではない。 それでもなんとなく尻尾が気になるから、何故尻尾が生えたのかとか、 あの世へ行くと皆尻尾を貰うのかとか訊いたら、 吉田は尻尾の話は苦手らしく、突然、 ──あの女はね…。 と云い出した。どの女かと訊くと、上野の病院にいた女だと云うから、 漸く何さんに就いて詳しい話が聞けると思う。 ──あの女はね…。 ──うん。 ──あの女はね…。 空廻りするレコオドのように、あの女はね…、ばかりで一向に先に進まないから焦れったい。 吉田の奴、酔い過ぎたのかもしれない。おい、しっかりしろ、 と云ってから気が附いたら吉田はどこにもいない。 一体いつ帰ったのかしらん?
★夕焼空/小沼丹★
|