この一見日本犬らしい犬は、大抵コンクリートの床にごろんと臥転んでいた。 隅にちゃんと座っていることもあるが、これ迄吠えたことは一度も無い。 それが何を勘違いしたのか、鎖を一杯に引張って、此方を向いて猛烈に吠える。 立停まって小鳥の巣を見上げていたのを、胡散臭いと誤解したのかもしれないが、 それは認識不足も甚だしい。 ──間違えちゃ不可ないよ。 と注意したい。 犬に注意しても始まらないから歩き出そうとしたら、 そこへ焚火していた嚏の爺さんがやって来て、 ──これこれ、吠えるじゃない。 と云って犬の頭をぴしゃんと叩いた。 或いは犬の奴も、飼主の爺さんがやって来たので、 その手前吠えてみせたのかどうか、その辺はよく判らない。 爺さんが誤解すると不可ないから、念のため、頭上の小鳥の巣は何鳥の巣かと訊いてみたら、 ──そう云えば鳥の巣があるとか云ってたっけ…。 と云うと、上も見ずに家のなかに這入って行ってしまった。 誰が鳥の巣があると云ったのかしらん? 判らないことが一つ増えて、面白くも何ともない。 そのとき犬の奴はどうしていたのか、吠えるのを止めていたのかどうか、 どうも想い出せない。
★散歩道の犬/小沼丹★
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