叔父は背は低いが二十四、五貫あって、たいへん肥っていた。 叔父がどこかを歩いていたら、小さな子供が、でぶ何とかと囃したてた。 あれは何と云ったのだろうと訊かれたから、叔父に教えてやったことがある。 でぶ、でぶ、百貫でぶ、電車に轢かれてぺっちゃんこ。 自分がでぶのせいか、叔父はすべて肥ったものはいい、 痩せたものは宜しくないと良く云っていた。 電車に乗って肥った女性を見ると ──美人がいる。 と機嫌が良かった。当然の成行として、痩せた女性は不美人と云うことになる。 尤も叔父の妻である叔母は痩せていたが、その辺はどう辻褄を合わせていたのか知らない。 何でも肥ったものが良い、鶏だって肥ったやつは旨いが、痩せた鶏は食えたものではない、 と云うのも聞いた。どこ迄本気で云っていたかは判らない。 上野の動物園にも連れて行って貰ったが、 叔父が河馬や象の檻の前に特に長く立停まっていたと云う記憶は無い。 あるとき、上野の美術展に連れて行って呉れた。 何故そんな展覧会に連れて行かれたか知らないが、一人ではつまらないから 子供でも連れて行く気になったのだろう。 そのとき初めて裸婦の画を観て、たいへん不思議な気がした。 ──何故、裸の絵を描くの? ──何故…? 叔父は眼をぱちくりさせて暫く考えて、 美人、不美人が良く判るように裸にするのだとか云った。 裸にすると、肥っているか痩せているか一眼で判るだろう? ──御覧、これなんかいい画だ…。 叔父の讃めたのは、肥った裸婦の画であった。 何だか一つ利口になった気がしたのかもしれない、帰ってからその話を母にしたら、 まあ、何て下らないことを云う人でしょう、と母は腹を立てて叔父をとっちめた。 そんな話は黙っていれば良かったと思っても、もう手遅れである。 大体、こんな子供に裸の女の画を見せることは無いでしょう? ほんとにつまらないことをする人ね…。 尤も叔父はにこにこ笑って、 ──まあ、いいさ。そんなに怒んなさんな…。 と云っているから、怒る方も張り合いが無かったかもしれない。
★童謡/小沼丹★
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