関口の頭は昔風に云うと蓬髪と云う奴で、のみならず、 それが一斉に逆立っていて頗る壮観であった。 怒髪天を衝く、と云う言葉があるが、関口は笑っていても髪の毛は常に怒っていた。 それから、いつも大きな皮の鞄を提げて、天の一角を睨むような恰好で歩いていた。 ──この鞄は、俺の叔父が、昔、米国で買ったのだ…。 とか関口が云うのを聞いたことがあるが、成程、日本では御目に掛からないような 大きな古い鞄で、当時の学生や勤人の持っていた鞄の優に三倍の大きさはあったと思う。 いつだったか、昔の仲間が何人か集って酒を飲んでいたら、一人が、 ──彼奴はどうしたろう? と云う。彼奴だけでは判らないから、誰のことだと訊くと、名前を忘れたらしい。 ──髪がぼさぼさで、大きな鞄を持ってた奴がいたろう? と云ったら、聞いていた連中は直ぐ判って、 ──そりゃ、関口だ。 と簡単に解決したから、蓬髪と大きな鞄は関口の商標みたいなものだったろう。
★大きな鞄/小沼丹★
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