一昨年、TBSの川戸貞吉宅の葬式で久し振りに会って、小さん師匠と大喧嘩した。 「師匠いつまで怒ってんだい、ずっと怒ってんのかい」 「うるせえ、バカ野郎、だからてめえはバカだってんだ」 「冗談いうねえ」って、始まっちゃった。酒飲んでるしね。 「何をいやんでえ、こちとら破門されてんだい。ガタガタ言われる筋合はねェ」 とは我ながら乱暴だ。
でも昔からそんな風で、一杯飲んでて、 「おめえは芸がわかってない、おめえの芸はセコイ」 ってなことを小さん師匠が言ったから 「どこがセコイんだ、自分のほうがよっぽどセコイじゃねえか」って俺だ。 「第一、女が演きねえ。それが証拠に『文七元結』やると、 客がゲラゲラ笑うじゃねえか、面白くて笑ってんじゃない、バカにして笑ってるんだ、 下手くそだから」 一番相手の痛いところを平気で言う。オデキの上を針で突く。 「二人で二人会やろうか、俺が終れば客はみんな帰っちゃうから」 と弟子の私…なにが私だ…。 「それは芸じゃねえ」と師匠の小さん。 「芸が何だか知らねえがホントのことだ」 「おまえはワカってネェ」 「師匠こそワカってネェ、お互いにワカってねえんだから同じだい」、 最後に殴られた。泣きながら殴ってた。私しゃ、殴られっぱなしにしてた。 隣にいた興津要がとめた。 「師匠、殴っちゃいけねェ、殴っちゃいけねェ」
さて川戸宅の喧嘩の続き、 「いつまでも長く生きられるわけじゃねえぞ」 「うるせえ、この野郎、てめえよりよっぽど生きてやらあ」 「生きるわけねえじゃねえか、こっちは五十だし、そっちは七十だ、銭を賭けようか、 百万でも二百万でも銭を賭けてやろうか、どっちが先に死ぬか」 「うるせえ、この野郎」 まるでガキの喧嘩だ。 まわりの落語家はこんな喧嘩を目の前で見たことがなかったろうから驚いただろう。 まわりも、どうしていいかわからない。相手が小さん師匠だが、嬉んでもいられない。 「でも、俺はあんたのこと好きだから」 「なんだバカ野郎、うるせえっ」 「うるせえじゃないんだ。俺、あんたのことを嫌いじゃねえって言ってるんだ」 「うるせえ、コンチクショウ、バカ野郎」 それで仲直りしたんだか知らないけど、相手は「談志さんな」なんて言ってた。 そばにいた九蔵が変な顔してた。なんだしょせんナアナアの喧嘩なのかと、 むこうは思ったろう。ナアナアで喧嘩したわけじゃないんだけど…。
ある年の新年会で取っ組み合いの喧嘩になった。 ヘッドロックで師匠の頭を締めたが、あの通り丸い頭だから締めにくい。 うしろから師匠の内儀さんが私の背中をけっとばしていた。 美しい夫婦愛だ。 師匠は私に頭を締めさせていた。あとの言い草がいい。 「本気でやれば、俺のほうがよっぽど強い」 それは私も認める。
同じく新年会で、そこにきていた師匠の客が気に入らないてんで、 そいつに酒ぶっかけて、膳の上の物を片っぱしからその客にぶつけて 「バカヤロウ」って先に帰ってきちゃった。 あとで聞いたら「客がワルイ」……って、私をかばっていたそうだ…懐かしい思い出だ。 いや相手はまだ生きている。
★談志楽屋噺/立川談志★
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