このぼくも、照れながらデートを重ねていたわけだ。 そして、会う度に彼女に「結婚しようよ」といおうと思っているものの、 「ケッコン」という言葉がどうしても恥ずかしくていえない。 彼女のほうは、ぼくのプロポーズを待ちきれなくなったと思う。 ある日、なぜか二人は山手線の電車に乗っていた。 その電車の中で彼女がぼくにプロポーズした。 「そんなこと、いった覚えはありませんよ」 とカミさんは今でも否定するが、いや間違いない、 おれはおれの耳で確かに聞いた。 じゃないと、ぼくたちはどうやって結婚できたんだよ。 ぼくはいまでも昔でも、家の中でもよく冗談をいっているが、 それはもっぱら子供たちに向かっていっているのであって、 カミさんの前ではいまだにいえやしない。 結婚して三十五年以上、それでもカミさんの顔をまともに見て、 バカひとついえない男なのである。
★七人のネコとトロンボーン/谷啓★
|