父たちは、わたしを小さなキッチンの中から、だだっぴろい、すきま風の入る一階へと、
しょっちゅうひっぱりだした。わたしがたくましく丈夫に育つように、そうしたのだと思う。
しかし、いつもわたしはすぐにキッチンの中へもどってしまうのだった。
そこはとても暖かくて、いい匂いがするからだ。そこはまた滑稽でもあった。
その家の中で意義のある仕事が行われている唯一の場所なのに、
中は船の厨房のように窮屈だったからだ。
すべての空間を独占しているのは、なにもしない人びと、ただ給仕を受けるだけの人びとだった。
そして、寒い日には、いや、それほど寒くない日でも、ほかの召使たち、
庭師やロフトのメイドたちなど、黒人ばかりが、料理女とわたしのいるキッチンへ集まってきた。
彼らはせまい場所へ群がるのが好きだった。
小さいころには大ぜいの兄弟姉妹と一緒にベッドで眠ったものだ、と話してくれた。
わたしにはそれがすごく楽しいことのように思えた。
いまもすごく楽しいことのように思える。
そのこみあったキッチンの中では、だれも気がねなくぺちゃくちゃ、
ぺちゃくちゃとしゃべっては、げらげら笑うのだった。わたしも会話の仲間入りをしていた。
わたしはおとなしくてかわいい坊やだった。だれからも好かれていた。
「あんたはどう思いなさるね、ルディ坊ちゃん?」と召使のだれかがたずね、
わたしがそれに対してなにか答えると、みんなわたしがなにか賢明で、
ことさら滑稽なことをいったようなふりをするのだった。
もし、子供のころに早死にしていたら、わたしは人生が
あの小さいキッチンのようなものだと思っただろう。
もう一度──冬の一番寒い日に──あのキッチンの中へもどれるなら、
わたしはどんなことでもしただろう。
★デッドアイ・ディック/カート・ヴォネガット★
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