「そういえば昼間、女がきたけど」
「どんな女だった」津田はいきなり真顔になった。
今現在、何人の女と付き合っているのかという疑問が浮かんだが、
それは後回しすることにした。
「なんか、唇がすごく赤くて」
「あいつか!」津田がいった(このときはすぐに通じた)。
目が正面を向いている。怒っているのだろうか。
「ひどいんだ!ひどいことした」
といってふーっと息をついた。遠くでレジスターがレシートを印刷するカタカタいう音が響いた。
「なんかいってたか」
今の口ぶりや昼間の女の様子から「ひどいことした」のが津田だとは分かったが、
どんなひどいことをしたのかは津田はいわなかった。
◇
「何人と付き合ってんの、今」
やっと尋ねることが出来た。津田は、それに答える代わりに
「俺はね、恋愛は駄目だよ。他人の気持ちがわからないんだ」
と弱音をはいた。自嘲ではなくて言葉の通りだという。
「だって他人は俺じゃないから、分からない」
女は、分からないことが分からないようなんだ。
分かろうとしないだけでしょう、なんていうんだ。
「ああ、分かるよ。分からないのが分かるよ」
僕も力強く賛同して焼酎を呑む。
「いや、おまえたちは分かり合ってるじゃないか」と津田はいった。
おまえたちはいい、おまえたちはいいと何度もいって机に突っ伏した。
「よくないよ」
離婚するかもしれないんだ、僕はついにいったが、津田は泥酔して寝入っているようだった。
◇
「俺、もうカタギの女は口説かない」といってみたり、
「大輔がもっと育ってくれればなあ」と職場の話をしたり、
ぶつぶつとうわごとを繰り返していたが不意に
「なあ七郎、おまえ俺が女に刺されるかなにかで死んだらさあ、
ヨットで沖まで出て、夜明けに俺の骨を散骨してくれるか」などといいだした。
船舶免許もないしヨットも持ってないよと答えるとガバリと起き、僕の顔をみて
「俺、おまえのそういうところ好きなんだ。いつでも打てば響くように
台無しな答え方してくれる」
と微笑んで、またテーブルに突っ伏した。
「いつでも」ってことないだろう。抗議しようか迷っていると(後略)。
★パラレル/長嶋有★
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