駈けながら、妻との初めてのデートを不意に思い出す。
オールナイトで夜十時からのライブだった。「どこかで飯でも食いませんか」
と誘ったら「それより」と向こうが誘ってくれたライブだ。
彼女の友達が出演するという。ハガキに印刷された地図は大ざっぱで、
駅を出て歩いてもなかなかつかない。歩き回るうちにただの住宅街に入り込んだ。
外灯も、今のこの森ほどではないがまばらだった。
僕は無言で後をついていきながら肌寒さを感じていた。
十字路の外灯の下で妻はもう一度ハガキを出して地図を回転させて、ふうん、
と唸った。それから振り向いて「ねえ、喉飴もってる」と尋ねたのだ。
あれは十一月のことだった。その後すぐにライブハウスはみつかった。
彼女の昔からの友達が大勢きていて、僕は朝までずっと人見知りしていた。
みたライブの内容は忘れていて、その台詞だけ憶えている。
それから僕は喉飴の類を持ち歩く癖がついたのだが、妻はあれきり尋ねたことがない。
★ジャージの二人/長嶋有★
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