「松本君、どこに落ちればいいかわかんないんだ」
分裂病になって間もない松本さんは、
調子が悪くなったときどうすればいいかがまだよくわからない。
どこかぐあいが悪くて疲れて混乱しているのだが、
そんな松本さんを悦子さんは”落ち方”がわからないんだとからかっている。
そうなのかなあ。じっと下を向いてあられを食べている松本さんの横で、中村さんが笑う。
「ハハハ。ああ、どこで落ちるかわかんねんだ」
「落ちようかな。落ちないかな」
リフレインのように悦子さんがくり返すと、松本さんが顔を上げていう。
「ひっかかってんだよ」
落ちるって、そうかんたんなことじゃないんだから。
「アハハ。ひっかかってるんだ」
「そうなんだ」
こんどは鈴木裕子さんも加わって悦子さんと中村さんと三人で松本さんの評定がはじまる。
「落ちるとこまで落ちたら、あとははいあがるだけだからね、いいよね」
「うん」
「そうだ、落ちな」
「いってみないか」
「見ててあげるから、バイバーイ、って」
「ワハハハハハ」
分裂病で弱っている青年を相手に、いいおとなが三人で冗談をいいあっている。
早くまた病気になってしまえ、落ちるところまで落ちてしまえとけしかけている。
知らない人が見れば、なんというやりとりかと思うだろう。
★悩む力/斉藤道雄★
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