岡本勝さんは「今の俺」という題で書いている。
自分は精神分裂病で「人との不和に悩んでいる」という。
◇◇ いつも人生のことを考えている。
岡本勝、生きていて良かったか悪かったか。
金はない。家はない。女にはもてない。無い無いづくしで寂しくなり、
この世がいやになり、泣けてくる。 ◇◇
じっさい、岡本さんは泣きながら浦河の町を歩いている。
笑っている時や歌っているときもあるが、ほとんどは「人生のことを考え」
ながらベテルの家と大通りの三田村商店とのあいだを行ったりきたりしている。
あるとき向谷地さんが、泣きはらした目をしている岡本さんに心配して声をかけると
「岡本勝がかわいそうで・・・」とつぶやいたという。
◇◇ 俺はベテルに来て二度死んだ。一度は絶望して「家族にすまないから俺、海に入る!」
とベテルから出て港に行こうとしたら、向谷地さんにバッタリあって「死ぬ必要ない」
と言われあきらめた。あのとき止められなかったら今はこの世に居ない。
二度目は、夜寝ていて急に不安になり、体がかたくなり
「岡本勝!四八歳でこの世を去った!危篤状態!」
という言葉が頭に渦巻いた。本当に「もう死ぬ!」と思った。
そしたら母の声が聞こえてきた。
「まだ生きていたら楽しいことあるどー楽しいことあるどー」
という声だった。そして必死で叫んだ。
「岡本勝!危篤状態!医者を呼べー!」 ◇◇
隣の部屋にいた早坂さんが飛んできて、川村先生もかけつけて
岡本さんは危篤状態を脱することができた。
ひどい幻聴があったのか、せん妄状態におちいったのか。
救急車をよべという患者はいるが医者をよべという患者はめずらしい
と川村先生は感心しているが、結局なにはあったのかはだれにもわからない。
そんな経験を重ねてきた岡本さんは、
「俺はじいさんだか青年だかどっちだろうと考えている」
という。考えてわかるような問題でもないだろうが、
やはりそんなことを考えてしまうのだろうか。
★悩む力/斉藤道雄★
■◇の中は岡本勝さんの文章。
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