私は私の画廊へ岑さんに掛かってきた電話の話をした。
「岑さんにね、土方さんの顔を描いといてくれと頼んだんですよ」と、Sさんが言う。
「ところが、死と格闘している顔を描くのは俺はいやだ、
安らかになってから描くよって、岑さん言うんですよ」
「岑のヤロー、ひでえこと言いやがるなあ」
「安らかな土方さんの顔なんて意味ないですよね、格闘していてこそ土方定一でしょう」
土方さんが亡くなったのはそれから二日目の朝である。
それを思えば、私とSさんとの会話は不謹慎極まると言わねばならない。
私たちはそんな冗談めいた口をききあって、おまけに笑いさえしたのだ。
しかし、そんならああいうとき、いったいどんな顔をして、
どういうことを話しあったらいいというのか。
★気まぐれ美術館 セザンヌの塗り残し/洲之内徹★
|