案の定、土方さんは少し機嫌が悪くなっている。
席に着くと、流さんが、コーヒーが飲みたいなあと言い、
「ぼくも飲みたいねぇ」
と土方さんも同調したが、司会の編集局長が笑いながら、
「あ、コーヒーは頼んでありますから、皆さんのお話の途中で出て参ります」
と言って、対談を始めようとすると、
「コーヒー飲まないと話なんてできないよ」
と、土方さんがちっとも笑ってないきつい声で言ったので、私は、なんとなくドキッとした。
これなんだ。これがこの町の人たちの特徴であるが、ここの新聞社の人たちにも、
人は時として本気で物を言っていることがある、ということがわからない。
だから、本気で人の言うことを聞いていない。
土方さんが本気でコーヒーを飲みたがっていることが、従って、
土方さんが本気で怒っているということがわからない。
★気まぐれ美術館 セザンヌの塗り残し/洲之内徹★
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