南北は近松門左衛門、黙阿弥に並ぶ偉大な狂言作家です。
南北もまた黙阿弥と同じように悪人を好んで描きました。
しかし南北の悪人と黙阿弥のそれは、まったく味わいが違います。
南北の悪人は良きにつけ悪しきにつけアクが強いのです。
徹底的なエゴイストで、バイタリティに溢れ、ちょっと信じられないほど悪辣なことを、
からりとやってのけます。
一方黙阿弥の悪人は表面上は強がっていますが、存外真面目で、センチで、
最終的には自己の運命に怖れおののくことになります。
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黙阿弥は雑俳の点者をやったり、戯文を書いたり、茶番狂言(=寸劇)の演出をしたりしていました。
今で言えば放送作家のようなものでしょう。
この茶番狂言が縁となって、五代目鶴屋南北の門に入ります。
黙阿弥は勝諺蔵の名前を貰って、狂言作者としての道を歩み始めます。
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小團次は、森田座の控櫓である河原崎座にくすぶっていた黙阿弥(当時は川竹新七)をひきあげ、
次々と大当たり狂言を書かせてくれた黙阿弥にとって恩人とでもいうべき役者です。
小團次に会う前の黙阿弥は、立役者(第一座付作者)とは名ばかりの劇場の雑用係のようなものでした。
というのも、河原崎座の座元がリスキーな新作を嫌ったからです。
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しかしコンビの消滅はあまりにも唐突でした。
きっかけは幕府の通達にあります。
この年の三月、幕府から小團次、黙阿弥の得意とする「人情を穿ちすぎ、風俗に係わる狂言」
つまり、惨い殺しや色めいた場面のある場面のある狂言を、禁ずる達しがありました。
★悪への招待状─幕末・黙阿弥歌舞伎の愉しみ/小林恭二★
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