「いや、眠いからさ、うちの社長は」
「眠い…んですか?」
「そう。眠いの。眠い社長ね。眠くって眠くって、とにかくすぐ寝ちまうんだよ」
「それはあの…病気か何かで?」
「いや、たしかにそういう<眠り病>ってのがあると聞くけど、
うちの社長の眠気はそれとは別ものらしいんだ。医者にもよく分からんて。
ただ命に別状ないってことだし、まぁ、とにかく<眠い>。それだけのことだからな」
◇
「それで長瀬君な。いいか、よく聞いてくれ。
じつは君をだな、伝統あるわが社の<シナモン担当員>に任命することが、
今朝の役員会で正式に決まったんだ。いいかい?これは本当に名誉なことなんだぜ。
だいたい新入社員が最初に担当するのは<ゴマ>と相場が決まってるんだ。
ゴマ2年、胡椒3年、ミント2年。それでようやく一人前のスパイサーになれる。
その先、ジンジャー、パプリカ、シナモンを担当するのは、本当にひと握りの選ばれた人間なんだ」
◇
「いや長瀬君な、社長はいつでもこう言うんだよ、
『とにかく目が覚めるようなスパイスを!』
な?君は知らないだろうけど、あの眠たげな目でそれ言われると、
さすがの俺も返す言葉がなくてな」
★Bolero バディ・ホリー商會/吉田音★
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