「経を詠めるっていいよね、しゃべれて」 しゃべれて……? 何のお告げかと意味をはかりかねていると、仙人は続けた。
「ほら、こっちの二人はしゃべれても、十一面とはしゃべってないもん」
「え? お経っておしゃべりなの?」
「コミュニケーションしてんじゃん、このおじさん。十一面としゃべってるんだよ」 いつもなら笑うところだが、なにしろ仙人の言葉である。
しかも、お経の本当の意味をずばり言い当てている気がして、私は黙った。
◇
目の前には十三重塔があり、その向こうには何もない。うっすらと雨雲がかかる空。
「マジ鳴いてるね」 みうらさんがそう言った。ウグイスが強い声で鳴き交わしているのである。
「ああ、近くにいるね」 私はそれだけ答えた。たぶんやるだろうなと思っていると、
みうらさんは案の定ウグイスの声を口笛で真似始めた。
ガチョウといい、ウグイスといい、その日のみうらさんは鳥になりたい気分でいるらしいのだ。 ずいぶんと長いことやっていると、ウグイスたちがみうらさんを意識し出した。
そのうち鳴き交わす形になってくる。私はその音に耳を傾け続けた。 やがて、みうらさんはポツリと、
「でかい寺だったんだろうね。インドにいるみたいな気がするよ」 とつぶやき、またウグイス語に戻った。 ウグイスは様々に調子を変えて、みうらさんをテストする。
意味はわからなくとも、みうらさんはひたすらウグイスの出す課題通りに口笛を吹き返す。
私には、やがてそれが経を習う様子に思えてきた。
音に集中し、音を真似、難易度は上がる。
二十分もすると、みうらさんは数パターンの経を習い覚えていた。
★見仏記 ゴールデンガイド編 第2回/いとうせいこう★
■「仙人」はいつもと様子の違うみうらさんのこと。
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