『富士日記』は母の生前、一度だけ通読しましたが、母がいなくなってからは、
どうしても読めない、読みたくないんです。
どのページを開いても、ダメなの。
たとえば朝食の献立を見ただけで涙が出そうになっちゃって、
情けないけど、親が死んで、こんなにがっくりくるとは思わなかった。
あんなに頼りがいのある、おもしろい母親が死んじゃうなんて、
ああ、本当にイヤになっちゃうって、ずーっと不安定な状態でしたね。
ある日、いきなり、母に『花子は明日から寄宿舎に入るんだよ』と言われ、
呆然としているところに大きな犬だか熊だかのぬいぐるみを買い与えられ、
翌日には車で運ばれ寄宿舎に入れられたんです。
当時の私って、自閉症を疑われるほど内向的でね、
泣いても喚いてもしょうがない、とすぐ諦めました。
食べ物のことでも汚いからやめなさい、とか身体に悪いから食べてはいけませんとか
そういうことをうちの母は全く言わなかったので、子ども心に
”うちのかあちゃんの子どもでよかった”と思ってました。
実はね、写真なんて、ぜーんぜん興味なかったんですよ。
でもあまりに成績が悪かった私を心配した父が知人に相談したところ、
”何か道具でも持たせろ、カメラなんてどうだ”
って忠告されたらしく、いきなり買い与えられたんです。
で、ほらその頃の私って聞き分けがいいから(笑)、黙って受け入れた。
最初のうちはつまらなかったけれど、猫を取り出してからかな、次第におもしろくなってきて。
あけっぴろげで明るくて、というイメージだけを抱いている方もいるみたいですが、
なんかニヒルな侍みたいなとこもあった、『大菩薩峠』の机竜之助みたいな。
★母・武田百合子と富士山荘の思い出/武田花★
■クウネル創刊号から。
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