うちにはチチヤスというアダ名の小学三年生の娘がいる。
夕食で乾杯するとき大人はビールなのだけど、娘はいつでもチチヤスなのだ。
チチヤスというのはヤクルトみたいな小さな容れ物に入っている赤い飲み物で、
リンゴの味がする。
娘は何だかこれが大好きなのである。
スーパーにいっしょに買い物に行くと、いつもこれを籠に入れる。
だから私は娘のことをチチヤスというアダ名で呼んでいる。
桃子というとちゃんとした名前みたいだけど、これがアダ名なのだ。
何故かというと、桃子は人間ではなく桃から生まれた。桃太郎みたいに。
いやホント。これは本当なのだ。前に小説に書いたこともある。
いや小説に書いたからって、そうか、これは本当の証明にはならないかもしれないけれど、
困ったなあ。だけど桃子はチチヤスと私が見ている前で、本当に桃から生まれたのだ。
ポンと。それがオギャアという赤ン坊かと思ったら、見るともうちゃんとした大人の体の女の人。
驚いたね。二人とも。で、チチヤスは思わず、
「お母さん……」
と呼んでしまった。チチヤスにはその三年前からお母さんがいなかった。
父親の私と二人暮し、いわゆる世にいうクレイマーものだったのだ。
そこへ大人の格好の女の人がポンと桃から生まれてきたら、それはやっぱり
「お母さん……」と言ってしまうのが人情というものだろう。
★我輩は猫の友達である/尾辻克彦★
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