みんなかなり上機嫌で騒いでいた。
中の一人が水割りのグラスを高々と持ち上げ、いきなりライターを放り込んで、
カラカラ音をさせながら、「これ呑めるかな?」といった。
「バカ、絶対に呑めない」「ライターが喉を通るわけがあるかよ。絶対不可能!」という声が聞えた。
隣のテーブルだったので、ぼくには話の前後の様子はわからなかったが、若い人たちが、
そんなに簡単に「絶対不可能!」なんて言い切っていいのかなぁ?と思った。
その瞬間、ぼくの手はライター入りのグラスをつかんでいた。
そして一気に液体とライターを飲み込んでしまった。
火がついたような痛さが喉の奥を突き刺し、胸が苦しくて涙があふれた。
気がつくと、あっけにとられた友人たちが、心配そうにのぞきこみながら、
「大丈夫ですか?」「手品かと思ったら、ホントに呑んじゃったの!」
「指を突っ込んで、早く吐き出さないとヤバイですよ!」
と騒然となった。そのときぼくは背中をさすってもらいながら言った。
「な、呑めるだろ!“絶対不可能だ”なんて簡単にいうなよ」
そう言いながら、ぼくは自分のオッチョコチョイさ加減に愛想をつかしていた。
ぼくは酒を呑まないから、酔っていたわけではない。
アルコール抜きで騒ぎまわっていたが、狂っていたわけでもない。
ただ「絶対不可能!」という言葉にこだわってしまった。
友人たちは、ふざけて遊んでいただけだから、呑めるか呑めないかの証明などどうでもよかったのだ。
ぼくのこだわりは見当外れだった上に、唐突に実証されるなんて、さぞ迷惑だったろう。
★河童手のうち幕の内/妹尾河童★
■その後自宅に帰り、1時間かかって血を吐きつつライターを吐き出し、 しかもそれを奥さんにばれない様に新聞紙にくるんで捨て、 風邪だとごまかして素うどんを1本ずつ縦に喉に入れる日が4日続いた、とありました。 (4日目に結局ばれる)。
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