野球博物館の裏には野球図書館がある。野球に関するあらゆる文献を収集した図書館。
ぼくの最後の目的地だった。これから書くことは、ぜんぶ本当に起こったことである。
図書館の門をくぐったぼくは、受付に、
「ぼくは日本人の小説家で、野球小説を書きました。その本をここに寄贈したいのです」
といった。もちろん紹介状もなければ、まえもって連絡してあったわけでもない。
見ず知らずのアジア人がいきなりやって来て、おれの本をプレゼントするといいだしたわけだ。
受付の女性はニッコリ笑うと、電話をかけた。すぐ、二階から男が下りてきた。
「館長です」
と受付嬢はいい、ぼくがいったことをそのまま館長に取りついだ。
「素晴らしい」
と館長はいった。
「歓迎します。本当に、遠くから、ありがとう」
ぼくはぼくの『優雅で感傷的な日本野球』を館長に手渡した。
「日本野球に関する小説です。ぼくが野球について考えてきたことをみんな書きました」
館長はぼくの本の装丁をじっくり眺め、それから中をめくって、しばらく読んでいた。
「私は日本語がわからない」
と館長はいった。
「でも、これが素晴らしい本だということはわかります。あなたも野球が好きなんですね」
「はい」
とぼくはこたえた。
だから、『優雅で感傷的な日本野球』はいまクーパーズタウンの野球図書館に一冊だけある。
★平凡王/高橋源一郎★
■今日、ちょうど図書館に行ったので、『優雅で感傷的な日本野球』も探してみたのですが、 その図書館にはないみたいでした。残念。
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