○プラシーヴォ○
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眼鏡をかけていないので 電車の窓からの景色は まるで抽象画だった
ボーッと眺めていると
ブルルルル ブルルルル
肩に下げたカバンの中で マナーモードの携帯が震える。
こんな朝早くにメール、珍しい。 誰だろう?
『大ニュース!! カスミちゃんがついに結婚!! ああ…子持ちの友人が増える…』
youちゃんからのメール。
カスミちゃんは私とyouちゃんの共通の友人だけど、 私とはほとんど会うことはない。 私とyouちゃんより1つ年下、25歳。
少し震える指で、メールを打ち返す。 『できちゃった結婚…ってこと?』
朝早くて、出勤の準備で忙しいだろうに、 すぐさま返事が届く。
『そうそう!12月に挙式するだなんて いきなり言うから、問い詰めたのよ! そしたら、案の定、 できちゃった…って言うんだよう〜!』
つり革にすがりつく。 膝から力が抜けて、景色がますますかすんで見える。
芸能人が、結婚会見で妊娠を発表するぶんには、 私はあまり動揺しない。
けど、こういう身近な人の話を聞くと、 たやすく自分とダブらせることが出来て、 比較しすぎて苦しくなる。
25歳で私も一度妊娠したのに カスミちゃんは結婚するのに どうして私はあの時 産まなかったの ハム男も自分自身もネジ伏せてしまうほどの 強い意思があって堕ろしたのに
月日がたてばたつほど理由が曖昧になって 分からなくなってきて 私は自分自身をますます許せなくなっていく
誰も罰してくれないから 刑務所にいれてくれないから 基準が分からないから
私は際限なく自分を責めつづける
自分で自分を責める
だけど誰も許してくれないから 許すことも自分自身でしなくてはいけない
誰も悪くない
私がそれを悪いことだと 思っているだけ
『悪いこと』なんて この世にはない
それを悪いと思う人がいれば それは悪いことになるし、 別にいいんじゃない?という人がいれば どうでもいいことになる。
私がおかしくなってしまうのも どっぷり幸せになるのも 私の問題
とりあえずは深呼吸をして カスミちゃんの幸福を喜ぼう。
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