2008年09月27日(土) |
名優 ポール・ニューマン 逝く |
「 自分の墓碑銘が目に浮かぶ。
“ ポール・ニューマン ここに眠る。 失脚の果て死亡。
失脚の理由、目が茶色になったこと ”
( 彼はブルーの目をしている ) 」
ポール・ニューマン ( 俳優 )
I picture my epitaph : “ Here lies Paul Newman, who died a failure because his eyes turned brown. ”
Paul Newman
子供の頃に憧れた スター が、この世を去っていく。
仕方の無いことだが、それは淋しいものである。
ハリウッドの名優 ポール・ニューマン が26日、癌のため、コネティカット州ウエストポートの自宅で83歳の生涯を閉じた。
1960年代中半まで、社会派作品でのシリアスな演技が多く、劇場で最初に観た覚えがあるのは69年の 『 明日に向かって撃て 』 あたりからだと思う。
そして、中学生になって観た 73年の 『 スティング 』 以降、公開された作品と、最近では、DVD化された過去のほぼ全作品を鑑賞している。
特に印象深いのは、スティーブ・マックイーン と夢の共演を果たした 74年の 『 タワーリング・インフェルノ 』 で、豪華競演は映画界の話題を独占した。
タイトル画面で 「 どちらの名前が先に出るのか 」 と興味津々で観に行ったら、順列を付けれなかったらしく、左右に並べられる配慮が施されていた。
1952年、ポール・ニューマン が通った俳優養成所 「 アクターズ・スタジオ 」 は、いまでも名優の登竜門として、世界的に知られている。
ジェームズ・ディーン、マーロン・ブランド、スティーブ・マックイーン、アル・パチーノ、ロバート・デニーロ、ブラッド・ピッド ら、出身者の顔ぶれは見事だ。
女優たちも、マリリン・モンロー、エレン・バーンスタイン、メリル・ストリープ、ジェーン・フォンダ、アンジェリーナ・ジョリー など、多数が輩出されている。
この養成所では、演じる役柄の内面心理を重視する 「 メソッド演技法 」 という育成方法がとられており、自然体でリアルな演技の基礎となっている。
現在、アル・パチーノ、エレン・バーンスタイン、ハーヴェイ・カイテル が共同で学長を務めているが、今後も、ここから スター が生まれることだろう。
彼自身、デビュー当時 「 第二の マーロン・ブランド 」 と売り出され、大いに失望したことは有名だが、「 第二の ポール・ニューマン 」 は誰か。
端正な外見とは裏腹に、陰のある役どころ、敗北者などを演じられる彼の後継者には、マシュー・マコノヒー、ジュード・ロウ らの名が挙がっている。
ただ、ポール・ニューマン 自身が語る冒頭の言葉にもあるように、魅惑的な 「 透き通る ブルー の瞳 」 は、彼固有のもので、代わりが務まらない。
昨年の5月、テレビ番組で 「 満足できるレベルの役者でいられなくなった 」 と語り、既に彼自身は俳優業から引退していたが、とても残念だ。
彼の偉業を称えつつ、書庫から 『 栄光への脱出 (1960 米) 』 の DVD を引っ張り出して鑑賞し、今夜は訃報を悼んだ。
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