2008年09月12日(金) |
『 鬱 ( うつ ) の時代 』 の政治 |
「 我々の時代の問題点は、道しるべばかりで、目的地がないことだ 」
ルイス・クローネンバーガー ( アメリカの作家、編集者 )
The trouble with our age is that it is all signpost and no destination.
Louis Kronenberger
旅行中、どの ルート を通るかは、どこへ辿り着くかよりも重要ではない。
政治も同じで、目先の道標に惑わされていては、目的地に辿り着けない。
作家の 五木 寛之 氏 は、戦後、ひたすら日本人が上昇志向で突っ走ってきた数十年を 『 躁 ( そう ) の時代 』 であると、自著の中に記している。
それに比較して、急速な経済成長が鈍化し、かつての勢いを失った現代は 『 鬱 ( うつ ) の時代 』 で、躁 が終われば 鬱 になるのは自然だと語る。
たしかに、高度成長期の日本人は、文句も言わずに長時間の激務に耐えたが、近頃は、少し残業しただけで音を上げたり、鬱 に陥る人が増えた。
誰もが貧しい時代、誰もが死に物狂いで頑張った時代、ごく稀な数であった 鬱病 の患者数が、急激に増加しているのは、時代の影響が大きい。
今後、しばらく 『 鬱の時代 』 が続くだろうが、鬱 だからといって途中で投げ出したり、やる気をなくす人ばかりでは、仕事も、政治も、前に進まない。
各国の国内総生産 ( GDP ) に対する税収の割合比較によると、日本は 30% 弱で アメリカ と同レベルにあり、先進国経済の中でもかなり低い。
かたや、公共サービスの手厚さ、社会福祉の充実度でみると、アメリカ などに比べれば、はるかに行き届いているという実態がある。
もちろん、スウェーデン などに比べると、社会福祉が万全とは言えないが、スウェーデン の税収/GDP比は、約 50% にも上っている。
つまり、日本は 「 低い税率 」 で 「 手厚い公共サービス 」 を実行しているわけで、その点において政府は、なかなか優秀な手腕を発揮してきた。
国内事情しか知らない御仁は、「 税金の無駄遣いが多い 」、「 もっと社会福祉、公共サービスを強化しろ 」 と仰るが、その評価は正しくない。
では、どうして日本が 「 低い税金 」 で 「 手厚い公共サービス 」 を実施できたのかというと、その理由は二つある。
まず第一は、「 景気が良かったから 」 であり、景気が良ければ低い税率でも税収は多く入り、また、生活保護などの福祉を受ける人も少ない。
戦後、バブル崩壊までの間は、失業率が 1% 程度だったから、失業手当が少額で、短期間しかもらえなくても、さほど困る人はいなかった。
第二の理由は、「 高齢者が少なかった 」 ことで、たとえば、1970年の日本の年齢構成比をみると、65歳以上の老人は全体の 7% しかいなかった。
若者が多く、高齢者が少なければ、老人医療費を無料にしたり、年金を多く支払ったり、「 お年寄りに気前のよい政策 」 を実行するのは簡単である。
自民党による政治が長く続いたのも、高齢者からの支持が高かったのも、こうした背景があったからで、『 躁の時代 』 に、その政策は賢明だった。
問題は、現在の 『 鬱の時代 』 にどのような政策を実行していくかであり、小泉、安倍、福田 の三氏とも、首相として、明確な指針を示さなかった。
過去のような好景気は望めず、1970年に 7% だった65歳以上の人口は、2006年に 20% を超えたが、2050年には 40% を超える見通しだ。
日本の将来という 「 目的地 」 を見据えた場合、いま問題になっている年金問題や、消費税をどうするかなどは、まったく些細な悩みに過ぎない。
前述した一連の流れからみて、「 税金を高くする 」 こと、「 公共サービス、社会福祉の国庫負担を減らす 」 ことは、当然の成り行きなのである。
当たり前の話だが、「 前より少ない商品に、前よりも多く支払ってくれ 」 と要求して、国民に喜ばれるはずがない。
それで、自民党は支持を失ったが、一方で、利子支払い後の財政赤字が 2002年には 対GDP比 8% だったのを、2007年には 3.4% に縮小した。
次の選挙で、自民党が敗北したとしても、それは有権者の決めることだし、どのような政策を打ち出すかは、次の政権に任せるしかない。
日本が、どのような 「 乗り物 」 を利用し、どのような 「 経路 」 を辿るのかは問題でなく、正しい目的地を知っている政党が選ばれることが望ましい。
目先の甘言では民主党に分があるけれど、彼らが 「 財源 」 を言及されると常に沈黙する姿勢は、はたして目的地に辿り着くのか、どうも不安だ。
|