Tonight 今夜の気分
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2007年01月30日(火) 憲法を改正するのは当たり前



「 国があなたのために何ができるかではなく、あなたが国のために

  何ができるか、問いかけてください 」

             ジョン・F・ケネディ ( アメリカ合衆国第35代大統領 )

Ask not what your country can do for you,
but what you can do for your country.

                                John F.Kennedy



冒頭に著名人の名言を挙げているが、これは最も好きな名言の一つだ。

政府の愚痴ばかり吐いている人間が、いかにみっともないかがわかる。


小泉前総理に比べて、安倍総理が少し頼りなくみえるのは、前任者が日本の首相というより 「 大統領っぽい 」 指導力を発揮したせいかもしれない。

所信表明演説をみても、声の調子やパフォーマンスを含めて、小泉さんは大統領のように話し、安倍さんは与党の代表者という印象が強かった。

経済は上向いてきているものの、過去の好景気時とは違って、無気力な人の多い世の中にあって、力強いリーダーの登板を望む声は多い。

教育基本法、日銀法など、中身が腐っていても介入を阻止せんとする保身の集団に楔を打つなどして、なかなか安倍さんも実行力はある。

いまは、負けられない大きな選挙を前にして、やりたいこと、言いたいことが山ほどあっても、慎重にならざるを得ない時期なのだろう。


安倍内閣に期待する最大の関心事は、小泉前総理でさえも成し得なかった 「 憲法改正 」 であることに間違いなく、誰もがその成否を見守っている。

ただし、安倍さんが出来なかったとしても、あるいは民主党が政権を執ったとしても、おそらく近い将来、憲法は間違いなく改正されるだろう。

それは、先進国の一員として国際社会に共存するための 「 必須条件 」 であり、戦後体制の支配や、島国根性から脱皮する試金石となるはずだ。

改正において焦点となるのは 「 九条 」 で、けしてそればかりではないのだが、集団的自衛権や、有事対応について賛否両論が渦巻く気配である。

賛成でも反対でも、いろんな意見があってよいが、反対する人の大半が 「 議論も許すまじ 」 と息巻く様子をみると、反対派のほうが行儀は悪い。


前回も書いたが、何もしない人、自分のことしか考えられない人、周囲とは関わり合いたくない人が増えていて、世間には無気力ムードが漂っている。

いじめの問題にしても、ごく少数の 「 いじめられっ子 」 と 「 いじめっ子 」 について、大多数の 「 いじめも、助けもしない傍観者 」 が語り合う。

いじめた人間が悪いとか、いじめられる子にも問題があるとか議論は過熱するが、「 いじめっ子に立ち向かって助けなかった罪 」 は誰も問わない。

もし世界中が平和な状態なら、日本の非武装中立は自慢できるが、助けを求める人々がいる状態では、「 我、関せずの卑怯者 」 と紙一重である。

北朝鮮やイラクのことを少しでも知る人なら、諸々の問題について平和的な話し合いだけで解決できるわけではないと、誰もが理解しているはずだ。


隣町の 「 井楽町 」 に 「 布施 陰 」 という名の悪ガキがいて、他の子をいじめたり、ひどい目に遭わせるので、級長の 「 雨利 寛 」 が立ち上がった。

雨利クンも気の荒いところがあるので嫌う者は多かったし、実は布施クンが持っているオモチャを横取りする思惑があるのではと、疑う者も多かった。

雨利クンと仲が良い 小泉クン、安倍クンは、加勢したかったが周囲に反対され、せいぜい、雨利クンを自転車で井楽町まで送るのが関の山だった。

その後、雨利クンだけが戦って布施を倒したが、助けられた子の声は誰も聴かず、「 雨利って暴力的な奴だなぁ 」 と陰口を叩く者が多かった。

そこで、「 困ってる子を助けもしなかったくせに、その言い草はないだろう 」 と、小泉クン、安倍クンは少し首を傾げたのである。


子供の話に置き換えてみたが、「 話し合いの通じない乱暴者 」 と、そういう連中から酷い目に遭わされている 「 弱い子 」 は世界中に大勢いる。

だから、すぐ武力を行使してもよいという結論には至らないが、少なくとも、ある程度の力を持つ者は 「 自分にできること 」 を考えるべきだろう。

現在の憲法は、第二次大戦の終了直後、世界中が戦争に辟易して、誰も戦争をしようとは思わなかった時代に制定された 「 夢の象徴 」 である。

けして悪い憲法だとは思わないし、もし、世界中から戦争がなくなり、平和な世の中が実現した際には、ぜひ世界中で採用してもらいたい逸品だ。

いまは残念ながら、こんな 「 現実離れ憲法 」 を盾にして、争い事に参加しない言い訳をしていると、単なる 「 自分勝手な卑怯者 」 とみなされる。


安倍総理の提唱する 「 美しい国 」 という言葉について、格差社会の闇や、年金問題の不安などを持ち出し 「 何が美しい国だ 」 と吠える人がいる。

憲法を改正して、この国を戦争に導くのではないかと疑問視したり、権力の腐敗や、役人の天下り問題などを解決できないことに憤る人もいる。

それも一つの考え方だが、私は 「 美しい国 」 の条件として、国際社会での役割をきちんと果たし、「 自分勝手な卑怯 」 を棄てることに意義を感じる。

憲法改正を議論する際に、日本の平和とか、日本の利益という観点だけではなく、国際社会に貢献できる日本であるかどうかを、問いたいと思う。

だいたい、憲法がどうなろうと、ちゃんと頑張ってる人はそれなりに幸せで、国の愚痴を吐くしか能のない御仁は、相変わらずみっともないのである。






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