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2007年01月29日(月) 人に迷惑をかけないという価値観



「 人々の善が最高の法律である 」

                    キケロ ( 古代ローマの雄弁家、哲学者 )

The good of the people is the greatest law.

                                        Cicero



世の中には善い人と、悪い人と、どっちつかずの人がいる。

すべてが善い人であることは理想だが、それは望み得ないだろう。


座右の銘といえば、「 誠実 」 とか 「 真心 」 などを挙げる人が多いけれど、近頃は 「 人に迷惑をかけない 」 という言葉を後生大事にする人も多い。

個人的に、この 「 人に迷惑をかけない 」 という言葉や生き方が大嫌いで、そんな言葉を有難がって使っている人は一切、信用しないことにしている。

人間は生きているかぎり、それが意図的かどうかは別の話としても、誰かに迷惑を掛けたり、掛けられたりして暮らしているものだろう。

自分は誰にも迷惑を掛けていないなどと思うのは 「 大きな勘違い 」 だし、人生で大事なことは、どれだけ迷惑を掛けるかという問題ではない。

さんざん迷惑を掛けても、それ以上に社会へ貢献する者のほうが、ただ、「 人に迷惑をかけない 」 と消極的な生き方をする人間よりよほどいい。


こういう言葉を好んで使う人物というのは、たとえば、身体障害者の人たちと接したことが少ないのではないかとも思う。

私は長い間、車椅子で行う競技をサポートしてきたが、彼らの前で 「 人に迷惑をかけない 」 ことが正しい生き方であるなどと、とても言えなかった。

もちろん、親切な方々にとって、彼らの補助をすることを 「 迷惑 」 とは感じないだろうが、彼ら自身の気持ちとして、そういう負い目は常に持っている。

これは極端な例かもしれないが、誰しも、自分の気づかないところで誰かの世話になっているし、そんなことを恐れるばかりでは、何もできないものだ。

いづれにせよ、「 人に迷惑をかけない = 善い人間 」 という考えは正しいといえず、むしろ、善い人間というよりは 「 単なる小心者 」 のように思う。


一部の不心得者は別として、学校の先生というのは、子供に教育を施そうというのだから、さぞや立派な志を持っているはずである。

ところが、教育現場では 「 いじめ問題 」 が深刻化しており、いじめられた子の証言などによると、「 先生は何もしてくれない 」 のだという。

これは、それぞれ個々の先生が悪いというより、「 何もしない 」 ことが最善であるという間違った指導体制の結果であると考えたほうが自然であろう。

事実、教育委員会が行った 「 いじめ実態調査 」 に対し、北海道の教職員組合 ( 北教組 ) は、道内全21支部に協力しないよう指導していた。

こんな馬鹿げた連中を粛清せず、個々の教師を責めたところで問題は解決しないわけで、国会に証人喚問するなどして、とことん言及すべきである。


生徒たちの大半も、その親から 「 人に迷惑をかけない 」 ことが第一なのだと教えられて育ったので、いじめに加担することはない。

ただし、それ以上の正義漢を求められることはなく、むしろ、面倒な争い事には関わらぬことが賢明であるかのように、若くして悟っている子が多い。

もちろん、いじめる子がいなければ問題はないのだが、汚い大人の世界と同様に、子供の世界にも、悪意や差別意識がうごめいている。

しかもそれは、無邪気な分だけ残酷で、法律に縛られない分だけ無秩序に継続され、受ける側の痛みは、免疫がない分だけ苦しみが深い。

現実に目の前で、いじめが横行していても 「 我、関せず 」 と見て見ぬフリをきめていた大半の 「 人に迷惑をかけない 」 生徒たちに罪はないのか。


民間企業でも、この 「 何もしない 」 タイプの勤め人は増えていて、移動の多い部署や、「 夜討ち朝駆け 」 の多い部署を嫌う傾向が強い。

当然、人より苦労して頑張った分だけ、報酬や立身出世の見返りもあるし、なにより、自分自身の経験や能力を磨く効果は絶大である。

しかし、そのような 「 プラス思考 」 の人は激減しており、やる気のない人を無理に配置した結果、業績も伸ばせず、下手すると鬱病に陥る。

知能指数をはじめ人間の能力は、せいぜい5倍程度の差しかないといわれているが、やる気に関しては、人によって100倍もの差がある。

全員、不正なく入社試験に合格した人たちだが、「 人に迷惑をかけない 」 程度の志しかないようでは、先達の跡は追えても、新しい道を拓けない。


このように最近は、「 無気力 」、「 無関心 」 であり、常に被害者でも加害者でもないことが、最善の生き方であると示されている風潮が強い。

個性だ自由だと主張するけれど、精神面では、いたるところで 「 サムライ 」 の気質は廃れ、「 人畜無害 」 の群れに埋没しているように思う。

その元を遡れば、「 人に迷惑をかけない 」 の教訓に辿り着くような気が、周囲の人たちを眺めていて、つくづく感じるのである。

もちろん、エチケットやマナーの点において、他人に迷惑をかけないことは基本中の基本だが、それを倫理観や、生き方にまで転用するのはどうか。

迷惑をかける、かけないよりも、もっと大切にすべき事柄や、もっと大事な何かがあることを、もう一度、日本人は考え直すべき時期だと思う。






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