Tonight 今夜の気分
去るものは追わず、来るものは少し選んで …

2007年01月22日(月) テレビ化する人たち



「 最近の視聴者は、自分の生活よりもテレビ番組に詳しい 」

              ラリー・ゲルバート ( アメリカのTVプロデューサー )

Today's audience knows more about what's on television than what's in life.

                                   Larry Gelbart



ネット全盛の今でも、やはりテレビの持つ影響力は大きい。

人によっては、「 テレビの声は、神の声 」 だったりするようだ。


私は大嫌いなので勧められても食べないが、「 納豆ダイエット 」 なるものがテレビで紹介されたところ、その内容は出鱈目だったという。

この番組にかぎらず、「 ○○ が体によい 」 などとテレビで紹介されるモノのすべてを、私は一切、何も信じていない。

なぜならば、どんな栄養のある食品でも、食べ過ぎると不都合があったり、場合によっては害になる危険を孕んでいるからだ。

それに、「 食べる 」 という行為には、単に栄養素を摂るだけでなく、それを味わったり、誰かと一緒に楽しむことで交流を深める意義もある。

嘘っぱちの健康番組を制作した側も悪いが、ガセ情報を鵜呑みにしたり、頼ったりして、振り回される視聴者の側にも問題はあるだろう。


一昔前、フジテレビは 「 楽しくなければテレビじゃない 」 というスローガンを打ち出したが、なかなか秀逸なコピーだと思うし、とても共感できた。

基本的にテレビとは 「 娯楽 」 であって、新聞やラジオと同じニュースを伝えたとしても、テレビを介することで 「 情報 」 は 「 娯楽 」 に変わると思う。

でなければ、キレイな女子アナを据える必要もないし、現場からの中継や、ヘリによる取材、当事者の家族や近所へのインタビューも要らない。

だから、すべて娯楽と割り切っている私のような人間は、テレビの製作過程で ヤラセ や、多少の嘘が混じっていたところで、さほど腹も立たない。

逆に新聞は、ほとんど娯楽的な要素がない ( クソ面白くもない ) だけに、朝日新聞のように、嘘や捏造や詭弁が多いと、かなりムカつくのである。


テレビをよく観る、いわゆる 「 テレビ通 」 の人は、学校や職場でテレビの話をよくしてくれるが、その他の話題になると口数の少ないことが多い。

お金と違って時間というものは、誰にでも公平に24時間づつ配られるものだから、テレビを眺める時間が多いと、当然、他のことをする時間が減る。

冒頭の言葉にある通り、テレビ番組には詳しいのに、ご自分の生活やら、それを取り巻く環境の話に疎い人というのは、実際、かなり多いようだ。

言い換えれば、「 他人のことには詳しいが、ご自分のことはよく知らない 」 不思議な人物が、近頃は増えてきているような気がする。

特に、自己嫌悪の強い人物、鬱や精神疾患のある人物の場合は、自分は何者で、何ができ、何をしたいか、「 自己認知 」 を避ける傾向にある。


ある人のブログで、「 会社で意地悪な人が、教会で祈りを捧げたり、ボランティアをしている 」 ことについて、心理学的 (?) な解説を加えていた。

私は心理学を勉強しているが、この人がそれを 「 反動形成 」 や 「 投影 」 といった用語を使って説明されるのを、首を傾げながら読んでいた。

この場合に、「 会社で意地悪 」 というのは主観的な意見であり、「 教会で祈る、ボランティアをする 」 というのは、客観的事実であることがわかる。

ならば、この人は 「 教会で祈り、ボランティアをするような人 」 であって、「 意地悪な人が意外な行動をする 」 表現は、伝え方として正しくない。

この人だけが 「 意地悪だなぁ 」 と感じているのかもしれないが、このように先入観ありきで物事を伝える仕組みは、実に 「 テレビ的 」 なのである。


逆に、この人は沖縄知事選で与党候補が当選したことについて、「 沖縄の人間はすべて馬鹿 」 と、かなり過激なご意見を述べておられた。

その後、難病の子供を気遣う意見や、社会の不正を糾弾するご意見なども書いておられ、その中には、なるほどと共感できるものも多い。

前述の 「 反動形成 」 や 「 投影 」 という言葉を当てはめるなら、それも 「 馬鹿者扱いした沖縄の人 」 への 「 誤魔化し 」 という論理になる。

実際は、そんな偽善者でも、悪い人でもないと思うが、他人の善行は裏があると勘ぐり、自分の行いには目を瞑るという発想は、あまり感心しない。

カウンセラーの資格をとって以降、悩みを持つ人から話を聴く機会も増えたのだが、このような 「 テレビ的感性の人 」 が巷には多いようだ。


私が日記を書くのは、約30分〜60分程度の所要時間だが、よほど忙しいときにはその暇もなく、また、書きたい気にもならない。

一時、「 毎日書こう 」 と決めた時期もあったが、その制約を設けることで、他人や社会の重箱の隅をつつきすぎ、自分自身から目が遠のいてしまう。

楽しみにされている僅かな読者の皆様には申し訳ないが、悠々自適という立場ではないし、この日記以上に、まだ自分自身のことで精一杯である。

ブログを書く人も増えたが、少し危惧するのは、自分の生活や仕事などから目を逸らし、評論家ぶることにより 「 現実逃避 」 する人の多いことだ。

健康や体によい食べ物は紹介してくれても、テレビが視聴者を本気で心配してくれないのと同じように、まず自己認知に努め、責任を負う必要がある。






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