Tonight 今夜の気分
去るものは追わず、来るものは少し選んで …

2005年02月01日(火) ファンの期待はいま、どこにあるのかという問題



「 お客さんに喜んでもらって、お金を稼ぐのがプロ。 

  楽しくやって、観ている人を魅了し、夢を与えられるようになりたい 」

                           野茂 英雄 ( プロ野球選手 )

A professional makes money by entertaining people.
I want to enjoy myself playing baseball, and let audiences enjoy and get inspired.

                                  HIDEO NOMO



私が好きな英単語を一つ挙げるなら、それは 「 enjoy 」 かもしれない。

人生は 「 楽しく 」 あるべきで、努力も修練も、そのためにこそ存在する。


日本人は、スポーツ競技の名称に 「 道 」 を付けるのが好きな民族だ。

たとえば 「 野球道 」 とか、「 スキー道 」 とか、いった具合に。

これは 「 武士道 」 から引き継いだ精神世界の戒律めいたもので、肉体や技術を鍛えると同時に、崇高な精神を培うことを旨とする傾向にある。

私も若い頃からスポーツは好きだが、それを 「 楽しめる 」 ようになったのは、年をとって 「 競技 」 などとは縁遠くなってからのことだ。

現役で張り合っている頃には、とても 「 楽しむ 」 余裕などなかった。


数あるスポーツの中でも、日本人に広く好まれる競技が 「 マラソン 」 だ。

実際にフルマラソンを走る人は少ないが、「 TV中継 」 の視聴率は高くて、老若男女を問わず、幅広い視聴者層を獲得している。

その理由として、第一に 「 ルールが単純明快で、誰にでも理解できる 」 ということが挙げられる。

第二に、「 苦しそうに頑張っている人を、思わず応援したくなる 」 といった 「 根性礼賛 」 の気質を、潜在的に備え持つ人が多いのではないだろうか。

体調万全の選手が余裕を残して勝つよりも、大怪我から立ち直った選手がヘロヘロになってゴールインするほうが、「 よう頑張った 」 と称えられる。


そういった 「 根性至上主義 」 も、競技によっては変化が出始めている。

当然、良い結果を出すためには 「 それなりの努力 」 を必要とするのだが、それを大衆に 「 悟られまい 」 とする選手も、一部に現れ始めた。

たとえば、「 日本ハム・ファイターズ の 新庄 選手 」 などは、野球に対して 「 真摯に取り組む 」 という印象だけに留まらず、多彩な魅力をふりまく。

それを 「 ファンサービス 」 として評価する人もいれば、不謹慎ではないかと眉間にしわを寄せ、あまり快く思わない人もいる。

野球を 「 ショービジネス 」 として観戦するか、「 野球道 」 として立ち会うかの違いが、その差にあるのかもしれない。


野茂選手が最初に大リーグへ挑んだとき、「 野球を楽しんできます 」 という言葉を日本のファンに残して、旅立っていったそうである。

これは従来の日本野球には無かった発想で、当時、鮮烈な印象があった。

結果として、彼は大リーグ挑戦一年目にして13勝6敗という好成績を挙げ、見事に 「 新人王 」 に輝いたのである。

日本に居たときも幾多の栄誉を掌中に収めており、球界を代表するスターではあったが、当時は 「 正当な評価を受けていなかった 」 気もする。

愛嬌をふりまくかどうかは別としても、「 質実剛健 」 と 「 楽しむ 」 の間には、根の深い溝のような価値観の違いがあったのではなかろうか。


彼の後から 「 イチロー 」、「 松井 」 らの選手が続いて、大リーグが身近になったと同時に、日本野球に対するファンの感覚も変わってきた。

結果さえ出せば、それを 「 苦しそうにやる 」 ことも 「 楽しそうにやる 」 ことも、あるいは 「 ストイックにやる 」 ことも、それぞれに認められてきた。

今年も数名の選手が大リーグ入りを表明しており、新しい挑戦が始まる。

それ自体に問題はないのだが、ちょっと気になるケースも現れはじめた。

球界を代表する人気チーム 「 巨人 」 と 「 阪神 」 の両エースが、電撃的に大リーグへの移籍を口にし始めたのである。


もちろん、エース級の力を持つ選手だからこそ、挑戦する意欲も、期待度も高いのだが、いきなり 「 手続き 」 を省いて突進することには問題がある。

たとえば 「 イチロー 選手 」 の例をみると、二年ぐらい前から 「 意思表示 」 を示し、穏便に球団との交渉を繰り返していた。

阪神大震災の年には、「 頑張ろう神戸 」 の腕章を巻いてチームを優勝に導き、被災した地元ファンに最高のプレゼントを贈る結果を残した。

ファンの多くは、彼の勇姿が目近に観られないことを惜しみつつも、本人が希望するならぜひ 「 行かせてあげたい 」 と、快く送り出したのである。

ある日突然に、ファンを置き去りにして 「 自分勝手な要求 」 を叩きつけたわけでなく、それなりの準備と熱い情熱に対して、ファンが後押ししたのだ。


その点、今回の 「 上原 」、「 井川 」 両選手の場合はどうか。

昨年、選手会によるストライキで 「 ファンを無視するな 」 とオーナー会議に苦言を呈した意向に、自ら背く姿勢をとることは許されない。

夢や憧れを持つことは、けして悪いことではないし、より高みに自分を置いて挑戦する姿勢も、それは大いに評価する。

しかしながら、プロである以上 「 自分も楽しみ、観る人も魅了する 」 ことが大切で、ファンの期待がいま 「 どこにあるのか 」 を忘れてはならない。

それは、それが 「 ショービジネス 」 であっても 「 野球道 」 であっても変わらない事実で、一番肝心なところではないかと思う。






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