「 世界中で一番美しいもの。 それは観衆で埋め尽くされた野球場だ 」
ビル・ヴィーク ( シカゴ・ホワイトソックスのオーナー )
The most beautiful thing in the world is a ballpark filled with people.
BILL VEECK
その瞬間、観客も、敵も、味方も、すべてが一つになった。
一人の青年が成し遂げた偉業に、惜しみない賞賛の拍手が鳴り止まない。
多忙の折、シアトルまで観にいくことは叶わなかったが、たとえテレビの前であっても、「 この瞬間 」 を観れたことは幸いだった。
彼自身が、別に目標として定め挑んだわけでもないだろうが、前人未到の 「 258安打 」 を放ったことで、明らかに彼は頂点に立ったのである。
過去の記録保持者に比べると、若干、試合数が多くなったという利点もあるが、とにかく 「 84年ぶり 」 に記録が更新される快挙であった。
メジャーリーグの歴史上、年間 250を超える安打数を放った野手は何名かいるが、イチロー以外はすべて 60年以上も前の記録である。
変化球の種類が増え、投球技術が格段に進歩した現代にあっては、いかにこの記録を塗り替えることが困難であるのか、素人にも想像はつく。
タイ記録に並んだ 「 257 」 を放った後、彼は一塁ベース上でヘルメットを脱ぎ、スタンドからのファンの声援に応えたが、まったく無表情だった。
第二打席、単独で頂点に立つ 「 258 」 を放った後も、彼は先の塁を狙えるかどうか、真剣な眼差しで打球の行方を眺め、表情を崩さない。
そして、ようやく走者として一塁ベースに落ち着いてから、おもむろにファンに手を振り、ベンチから飛び出してきた仲間たちと抱擁を交わした。
記録に浮かれ、打った瞬間にガッツポーズをするようなこともなく、雌雄が決するまではけして手を抜かない 「 スキのなさ 」 が、いかにも彼らしい。
歴史を塗り替える大記録の前にあっても、けして油断せず、ベストを尽くし続ける姿勢こそが、彼の真骨頂であり、「 並みの打者 」 との違いだろう。
シアトルでの彼の活躍が、日本の野球に与える影響も大きい。
今季、パリーグ2球団の合併問題や、球界初のストなどもあり、日本のプロ野球には 「 将来に暗い影を落とす 」 ような話題が多かった。
それは、未来におけるプロ野球の発展を危惧する事態であり、野球選手を目指す子供たちや、ファンにとっては 「 夢の芽を摘む 」 失態である。
優秀な選手が大リーグに流出する課題はあっても、イチローをはじめ数名の日本人選手による活躍は、ファンの 「 野球離れ 」 に歯止めをかける。
特に、今回の偉業については、大リーグだけでなく、日本のプロ野球機構、選手会、その他関係する団体のすべてが、彼に感謝すべきであろう。
けして油断したり、慢心することなく、どんな状況にあっても目の前の仕事を完璧にやり遂げるため、それだけに全力を尽くす。
そして、その積み重ねを着実に続けることに、すべての集中力を捧げる。
もしも彼が、プロ野球ではなく別の職業を選んでいたとしても、その姿勢があるかぎり、おそらくは人並み以上の成功を収めただろう。
過去の 「 257本 」 と同じように、打球の行方を見守りながら、あわよくば次の塁を獲ろうとした 「 258本目 」 の塁に立ったイチロー。
怒涛の如き観客の声援と、駆け寄る仲間達に気づくまでは 「 自分の仕事に没頭した 」 彼の姿を見て、改めて 「 偉大さ 」 を感じた瞬間だった。
( 今日のおさらい )
「 油断せず、慢心せず、集中してこそ 『 大仕事 』 は成就する 」
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