笑う角に光りあれ...オレステス・デストラーデ

 

 

幸福のための個性 - 2004年11月01日(月)

最近勉強が楽しい。
今まで点だったものが線になっていくような感覚を強く受ける。


自分が一番興味があるのはやっぱり倫理的なことで、今日も応用倫理の授業を聞きながら興味深いことをいっぱい吸収した。
今、授業でやっているのはポルノグラフィーについてなのだが、そういった表現の自由の問題からミルの『自由論』を読む。


ミルの主張する「危害原理」というのは、簡単に言えば「人に迷惑(危害)をかけない限り、政府は個人の行動に干渉してはならない」というもの。
150年近く昔の論文だが、これはこれで現代でも十分筋が通っているように見える。
これは、そのままポルノ肯定派の意見として見ることも可能だろう。


しかし、現代にはもう1つ「パターナリズム」(お父さん主義、温情主義)というものも存在していて、ここでは「本人の利益のためには、本人の意に反して行動を制限してよい」という思想がある。
たとえば、シートベルトやヘルメットの装着、喫煙の制限なんかがその1つの例だ。
こちらは、ポルノ否定派の意見として見ることも可能だろう。


こういう2つの意見を取り上げて、さぁどちらが正しいというのはそう簡単には言えない。
たとえば、ポルノが与える危害とは何かと考える必要もあるし、ポルノというツールが性犯罪を減少させているという統計的なデータも十分考慮に値するし、すごく幅広い視野からのぞかなければ、答えはなかなか見えてこない。


でも、やっぱり現代の倫理学が抱えている問題は非常に重要なことばかりだと思う。
安楽死、富の分配、動物の権利、ジェンダーなどなど、目をつぶっていてもすぐ目の前を通り過ぎていく問題ばかり。
もっと自分の頭で考えなければ。


最後に2つミルの『自由論』から引用
両文僕にとっては衝撃的な文でしたが、特に2つめの文は、「個性」というものに初めてポジティブな意味合いを持たせてくれた文です。


「われわれの願望や衝動もまた同様にわれわれ自身のものでなければならぬ」


「人間としての他とは異なった価値はなんになるのであろうか。人が何をするかということのみならず、それをするのがどのような人々なのかということも真に重要なのである」


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