難破船 - 2003年04月23日(水) 家から救援物資が届いた。 それも段ボール一箱分。 フタを開けたら、源氏パイのファミリーパックが出てきて思わず大笑いしてしまった自分。 何でうちの親は、家にスパゲッティーを茹でる鍋がないのを知っておきながら、カルボナーラソースを送ってくるのだろう。 大きなさやえんどうはどうやって調理すればいいのですか。 鮭フレークでおにぎりでも作ろうかな。 僕が中学1年の時に体験したかった“故郷”を、この歳になってやっと体験できた気がした。 僕がずっと待っていたのは、故郷の匂いと、沢山の食べ物が詰まったこの箱だったんだよね、きっと。 あの時僕は、大きな段ボール箱を前に自慢する友だちたちのそばで、必死にモソモソしていた気がする。 僕も何か自慢したかった。 今じゃ周りには、僕の子供じみた奇声へまともに耳を傾けてくれる奴なんていない。 消費される食料は、何処にも爪痕を残さない。 誰にも共有できないこの喜びを、僕はこうして文章化することによって、自ら消費する。 文章化することによって、ある種の共有を求めているようで、実は違う。 ただの感動的な話であるようで、実は非常に閉鎖的な、排他的な喜びなのです、この喜びは。 いじけてるんです。 -
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