2002/11/28 18:04 Words: 3174 Lines: 185 そろそろ、危機的状況だ。 世の中が、これほど暗く見えるなんて、 先週までは思ってもみなかった。 もはや、僕の言葉は届かないようだ。
ずいぶん、雰囲気が変わっていた。 スニーカーが黒いブーツに変わり、 雰囲気が、ほとんど別人だった。 ただでさえ遠すぎた距離が、さらに開くのを感じた。
今日は、1限からの講義だった。 しかし、目覚ましのセットの時間を間違え、 少し遅れてしまった。 …それさえなければ、と思うのだが。 まあ、しかし、たぶんこんな細かいことは、 もう影響しないだろう。
話の内容を書く気分じゃない。 たいしておもしろいことは言っていなかった。
2限も同様。 命題論理学の話で、興味深い話ではあるが、 正直、講義中はともかく、 今はそんなもの、どうでもいい。 論理的帰結についてだ。 僕にはもう希望が残っていないということは、 現在の状況から導かれる論理的帰結なのかも知れない。
3限は空き時間になっていた。 だから、Javaの練習をしようと研究室に向かった。 その途中、ちょっと見かけたのだが、 今さらなにを話せと言うのか…。 結局、なにも言うことはできなかった。 だいたい、僕の存在は邪魔なのかも知れない。
書いたプログラムは極めて簡単で単純なものだ。 1〜5までの整数を無作為に発生させ、 それをswitch文とif文で分岐させる。 で、どちらが高速に処理できるかを測定したのだ。 精度は10msなので、10000000回ほど同じ処理を繰り返した。 結果としてswitch文の方が高速だということになったが、 これだけの回数を繰り返して、差はおおよそ200ms程度だった。 有意な差と言えるのだろうか。
ちなみに、担当教官は乱数を専門に研究していたこともあったらしい。 その教官から見れば、このプログラムに用いた乱数は いわば偽物のようなものだ。 実際、JavaのAPI仕様にも「疑似乱数」という記述がある。 まあ、僕はそういう細かいことは気にしないので、 何のためらいもなく使っているが…。 ちなみに、Javaの疑似乱数は現在時刻を 乱数の発生源に使っているので、再現性はないらしい。 ただ、テキストにはそう書いてあったが、 仕様書にそういう記述はないので、事実かどうかははっきりしない。
一応、題名の話に入ろうと思う。 まあ、「原子爆弾の作り方」なんていう検索をしてくる人なんて いないとは思うのだが…。 まあ、Javaの疑似乱数の話よりは多いだろう。
原子爆弾を作るのに必要なのは、 ウラン濃縮、再処理、原子炉の3つだ。 詳しいことは覚えていないが、実際はどれか1つだけでもできるはずだ。
要するに、ウラン235かプルトニウム239を得られればよいわけだ。 しかし、どちらも自然界には、原子爆弾を作れるだけの量が存在しない。 ウラン235は大量のウラン238の中に、 わずかに隠れているに過ぎない。 プルトニウム239に至っては、人工的に作り出さなければ、 自然にはほとんど存在していないので、入手できない。
ウラン235も238も、どちらもウランはウランだ。 だから、化学反応によって分けることはできない。 よって、物理的な性質の違いに頼ることになる。 具体的には、遠心分離法かガス拡散法を用いる。 遠心分離法は、ぶんぶん振り回してわずかな質量の違いを利用する。 ガス拡散法は、よく覚えていないが、 質量の大きいウラン238の方が、多少拡散が遅いことを利用するんだったと思う。 だが、どちらを用いるにしてもわずかな違いでしかないので、 原子爆弾を作れるくらいにまで分けるなら、 気迫と根性で何度も何度も濃縮を繰り返すことになる。 ちなみに、原子力発電所程度なら、 そんなに濃縮する必要はない。 そのような場合、低濃縮ウランと言う。 原子爆弾用の高濃度のウランは、高濃縮ウランと言う。
再処理というのは、 原子力発電所などで使った燃えかすを処理して、 ウラン235やプルトニウム239を取り出すことだ。 どこからプルトニウム239が湧いて出たんだ? と思うかも知れないが、 ウラン235が核分裂すると、中性子が飛び出す。 面倒だから細かい説明は省くが、 それが腐るほどあるウラン238に当たると、 プルトニウム239に変わるのだ。 これで、結果的にプルトニウムを作れるのだ。
原子炉というのは、 上記と同じ理屈で、消費量以上に プルトニウム239を作り出せば、 プルトニウム239が増殖していくことになる。 このように増やしていく方法もあるわけだ。 もんじゅで有名な高速増殖炉の理屈でもある。
なんか間違っているような気もする。 まあ、面倒なのでこんなもんで。
ところで、朝日新聞の夕刊を見ていて思った。 銀行が閉まるのが早いと書いていたが、 銀行の書類処理というのは、恐ろしく手間がかかる。 他の業界と一緒にして、安易に批判すべきではないだろう。 特に、新聞は天下の公器なのだ。 その内容は、社会全体に影響を与える。 とても、それだけのことを配慮して書かれた文章とは思えない。
また、話が飛ぶのだが、 昨日、電車の中で知的障害の人を見かけた。 よく分からなかったが、15歳くらいに見えた。 その人は、40歳くらいのおじさんに盛んに話しかけていた。 …それで思うのだが、 どのような人間であれ、行動には責任を負うべきではないだろうか? 知的障害そのものは決して罪ではない。 それ自体は、本人に何の責任もないし、 何らかの過失があったわけでもないからだ。 しかし、行動は違う。 どのような理由があれ、本人がした行動は、 本人の責任になるはずだ。 責任能力がないのなら、保護者の責任だ。 電車の中で、普通のマナーを守れるだけの能力がないのなら、 軽々しく、1人で電車を利用すべきではないだろう。 その1人がいることで、周囲の人間が被る被害が分かるだろうか?
僕はこのように少し感情的になっているが、 直接話しかけられた人の対処は、極めて適切だった。 僕に、それだけのことができたかどうか、疑問に思う。 それは、BBSにおける荒らしや、ネットゲームのBOTに対するのと同じ反応。 すなわち、無視だ。 なにをされても、ひたすら無視する。 そうすれば、自分の行動によって何ら反応が返らないのだから、 どのような人間であれ、そのうちあきらめるだろう。
ちなみにこれは、外国人についても同じことが言える。 外国人自体は、いても何の問題もない。 むしろ、プラスになることが多いだろう。 しかし、その行動は問題だ。 一般に、外国人には日本の常識を理解していない人が多い。 人のコートを踏みつけておきながら顧みることすらない人など、 普通にいるのだ。 もちろん、僕が見たのは例外かも知れない。
Javaのテキスト、下巻を買ったのだが、 さすがに上巻ほど易しくはない。 ザーッと目を通してみたが、それだけでは半分も理解できなかった。 上巻はそれでほとんど分かったのだが…。 マルチスレッドプログラミングとか、インタフェースの実装とか、 言葉の割には易しい、という感じはするが。
さて、まあ、こんなもんか。 明日はいいことがあるといいな、と思うが…。 と言っても、なんだか手を動かし足りないので、 もう少し何か、書こうと思う。 最近、さらにキー入力が早くなってきて、 キーを叩くのが楽しくて仕方なくなってきた。 …我ながら変なことを楽しく思うものだ。
最近、変な妄想をすることが多くなった。 彼女とつきあってるというイメージが多い。 欲求不満もそこまで来たか、という感じがするが。 とりあえず、今のところは大丈夫だが、 妄想と現実の区別が付かなくなってきたら危険だろう。 注意していなければ…。 今までも、変なことを考えることはあったが、 これほど集中してそんなことを考えることは 今までなかったような気がする。
そう言えば、こんなことをしている場合ではないのだった。 来週の火曜日までに演習のプレゼンを仕上げないといけないし、 それに、Javaのプログラムも、 今週こそ形にしておかなければならないだろう。
まあ、こんなものか。 手も疲れてきたことだし。
2002/11/28 22:01
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