夏撃波[暗黒武闘戦線・歌劇派]の独白

2006年05月02日(火) 詩「嵐を呼ぶ男〜山本秀雄の場合〜」 

  「うんこ、出んのだわ」
  「えっ」
  「うんこ、おとついからずっと出んのだわ」
  山本秀雄さんは私の顔を見るなり、
 「おはよう」のあいさつもないままに、
  「うんこ、出んのだわ」
  その後も立て続けに、
  「うんこ、出んのだけど、大丈夫かな?」
  ご丁寧に食事の時にも、
  「曽根さん、うんこ出んもんだで、食べれえせんのだわ」
  などと言うものだから、
  同じ食卓を囲んでいた和子さんが怒り出す。
  「山本さん、みんなが食べているのに、なんで『うんこ、うんこ』言うの。気分、悪いわ」
  「そんなこと言ったって、出んから『うんこ、出ん』言っとるんだわ。そんな怒らんでもええがね」
  「何言っとりゃ〜すか、このおたんちんが」
  「おたんちんじゃにゃ〜わ」
  「おたんちんだわ。おみゃ〜さんみたぁのがおるもんで、世界はいつまでも平和にならんのだわ。たいがいにしとかないかんわ」
  その時こらえきれずに二郎がケタケタ笑い出す。
  「何がおかしいんじゃ、二郎。人がうんこ出んで苦しんどるのがそんなおかしいんか。もう、ええわ。みんな、どっかいなくなってまえばええんじゃ」
  そう言って自分の部屋に入ったまま、出てこようとしない山本さん。
  和子さんが山本さんの部屋の前に行き、ドア越しに、
  「山本さん、わし、言いすぎたわ。ごめんな。許したってもらえんかね」
  ドアがガラッと開いて、
  「まあ、ええよ。和子さんがそこまで言うんなら、曽根さんに免じて許したるわ」
  私は笑いをこらえながら、心のなかで突っ込みを入れる。
  「『曽根さんに免じて』って、わけわからんわ」
  結局その日、山本さんは、うんこが出ないままに夜を迎える。
  「おやすみ」
  「おやすみ」
  「おやすみ」
  「おやすみ」・・・

  夜中に、目がさめて、トイレの前まで行くと、中から山本さんの弾んだような歌声が聞こえてくる。

   おいらはドラマー、やくざなドラマー
   おいらが叩けば、嵐を呼ぶぜ

  水洗の流れる音が聞こえたかと思うと、ガラガラッと戸が開いて、山本さんのゆるんだ顔がのぞいた。
  「うんこ、出たよ。たくさん出たで、具合ええよ」
  「よかったね、山本さん」
  「みんなにも報告してくるわ」
  「え〜っ、山本さん、まだ夜中だからみんな寝てるよ」
  「おっ、そうか。じゃあ、朝ごはんの時でもええか」
 「それもやめたほうが・・・」と言いかけたが、何となく言いそびれてしまった。
  「山本さん、まだ朝まで時間あるから、眠ったらいいよ」
  「そうだな。じゃ、おやすみ」
  「おやすみなさい」

   おいらはドラマー、やくざなドラマー
   フン、フン、フン、フ、フン、フン、フン、フ・・・

  窓の外、真夜中の空にぽっかり浮かんだ、まあるい月。
  山本さんの歌声が、楽しげにいつまでも響いていた・・・


*先日、夜中に目が覚めると、不意に「うんこ、出んのだわ」という言葉が浮かび、そこから一気に詩を書き上げた。最初は『うんこ、出んのだわ』という題名を仮につけていたのだが、何となくしっくりこなかった。二日ほど間をおくと、新たなアイデアが浮かんだので、修正を加え、『嵐を呼ぶ男〜山本秀雄の場合〜』と改題した。
 福祉の仕事に従事するようになって通算すれば約15年。その経験のなかから今回の『嵐を呼ぶ男〜山本秀雄の場合〜』という詩が生まれたと言っていい(現実の出来事をつなぎ合わせてデフォルメしている。また、登場人物は私=曽根を除いてみな実在しない人物、と考えていただきたい)。とりわけ、「知的障害」をもつ人数人と送った共同生活の日々は、私の心に多くのものを刻み込んだ。
 気がつけば、私もいつの間にか、名古屋弁を自然にしゃべっているではないか。予想すらしなかった事態に、私自身、とても驚いている。


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