「週刊金曜日」「AERA」等の雑誌で、「オウム前代表三女の大学合格取り消し」との報道があった。
先月、東京地裁で死刑判決を受けたオウム真 理教前代表、麻原彰晃こと松本智津夫被告の三 女が、東京・和光大学人間関係学部の入学試験 を受け合格した。しかし、先週末の大学教授会 の結果、教職員の大半も反対し「同大学に迎え ることができないという結論になった」という。 (「週刊金曜日(2004年 3月19日号)」より)
三橋修学長は、入学取り消しの理由について「他の学生たちに平穏な環境を保障したい」などと言ってるようだが、まったく説明になっていない。三橋は『差別論ノート』(読んだことはないけどね)などの著作もある、人権問題の専門家らしいが、あまりにお粗末ではないか。三橋は、入学取り消しについて、次のようなことも言ってるようだ。 彼女の選択肢の一つを奪っただけで、生きる 権利、学ぶ権利を全部奪ったわけじゃない。
もう呆れるしかない。そんなこと、「学者」が語る言葉じゃないよね。あまりに思想がなさすぎるよ。『差別論ノート』(何を書いてるか知らないが)なる著作も書かれた御仁が、「差別」以外の何者でもない行為にこれほどまでに無自覚とは。 試験に合格し、本人に通知も出していたにもかかわらず、入学手続き書類で家族構成を知り、入学取り消しに至った、ということらしい。でも、「松本被告の三女」(「子は親を選べないんだぞ!」)ということが入学取り消しの「正当な理由」になるはずもない。そんなこと、「日本国憲法」を斜め読みすれば十分わかることじゃないか(裁判になったら、大学側は負けるよ)。 「オウムに対しては何をしてもいい」(「オウム」を「北朝鮮」と言い換えてもいいかも)とでもいうような世俗的な感覚はあまりにヒステリックだし、とても危険だ。そんな危険な空気に対して警鐘を鳴らすのが知識人てもんだろう。 河野義行さんを少し見習ったらどうだ。あの方は「松本サリン事件」の被害者でありながら、決してヒステリックにならずに、常に冷静な目を持ち続けてきたのだからね。 「専門家」と呼ばれる人の「知」がこの程度のものだということも認識しておいたほうがよいかもしれない。「一般市民」は自らの頭で考え行動するという鍛錬を日頃からしておいたほうがよい、とあらためて思った。
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