| 2004年03月10日(水) |
映画『息子のまなざし』のこと、など |
あいつが出所した 数年前息子を殺したあの少年が 幼い命が奪われたあの事件の 被害者と加害者が 数年の時を経て対面する ひとりは職業訓練校の教師として ひとりはそこに通う生徒として あいつは知らない <私>が誰であるのかを おまえが殺した幼な子の父親が<私>なのだ とその言葉をぐっと呑み込み 沈黙の底に身を潜めながら <私>はさまざまな思いにとらわれる 名付けようのない複雑な感情に <私>は驚き ただただうろたえるばかりだ 深い深い沈黙を破って発せられる言葉 そして行動 何が<私>をそうさせるのか 殺された息子を介して向き合う あいつと<私> この闇を照らす光はあるのだろうか 答を探して今もなおさまよい続けている・・・
映画『息子のまなざし』を観た(今池・シネマテークにて)。重いテーマを前にして、安易に言葉を差しはさむことができない。言葉がそぎ落とされ、深い沈黙が物語を「雄弁」に語っている。そして、深い沈黙を破って言葉が発せられる時、それまでせき止められていた感情が激流となって迸り、心揺さぶるドラマが展開する。そして、ラストは再び深い沈黙へと帰っていく。一人ひとりの心に深く語りかけてくる、すぐれた映画だと思った。
そして・・・。 「神戸連続殺傷事件の加害男性、医療少年院を仮退院」とのニュース。このことについてはさまざまなことを考えさせられるが、ここでは大変印象に残った「娘を殺害された山下京子さんの手記」の一部を紹介しておきたい。
私は犯罪者に寛容な被害者ではありません。 決して罪を許してもいませんが、彩花ならきっ と、凶悪な犯行に及んだ彼が、人間としての心 を取り戻し、よりよく生きようとするのを望ん でいるように思えます。 彩花のためにも絶望的な場所から蘇生しても らいたい。私たちへの謝罪とは、二度と人を傷 つけず、悪戦苦闘しながらも茨の道を生き抜い ていくことしかないと考えています。
この言葉から、娘さんを深く愛してらっしゃったがゆえの深い悲しみが感じられ、同時に娘さんのためにも力強く生き抜こうとする意志が伝わってくる。とても感動させられた一文であった。
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