今宵、八事(と言っても「八事霊園」ではないゾ)で行われた詩の朗読会(「詩のあるくちびる」)に出掛けていった。 第1部(それぞれが自由に朗読する)で、私は持ち時間のなかで2篇(と言っても「詩」ではない)朗読した。高村薫の小説「マークスの山」の書き出しの部分と、1970年マンガ「あしたのジョー」の登場人物・力石徹の「告別式」(喪主・寺山修司)で寺山が読んだ「弔辞」(「力石徹よ」)である。自分としては気持ちよく朗読できた。 第2部は、谷川俊太郎の詩の「読みくらべスラム」。以前、「金子みすず読みくらべ」「島崎藤村読みくらべ」の2回に参加して両方とも優勝していた。負け知らずの3連勝を狙ったが、欲が出過ぎて失敗。詩じたいを自分のなかでうまく取り込めず、朗読の時点でも迷いが生じていた。はじめての敗北だったが、いい勉強にはなったと思う。 「詩の朗読」に限らず「表現」というものじたい、無限の可能性を秘めている。だからと言って、表面的な手法だけを追い求めてもしょうがない。自分の内部から湧き出てきたものをいかに他人に届かせるのか、そのことに集中して苦悶してこそ<表現>は生まれてくるのではないだろうか。そんなことを考えさせてくれた一夜であった。
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