夏撃波[暗黒武闘戦線・歌劇派]の独白

2002年09月27日(金) 夏至夜夢(まなつのよのゆめ)

   身の中(うち)に
    死者と生者が共に棲み
   ささやきかわす
    魂(たま)ひそめきく
     (鶴見和子歌集『花道』より)

 鶴見和子氏は、私の大学時代の恩師であるが、7年ほど前に脳内出血で倒れ、以後身体麻痺を伴うようになった。以前、マヒを負った後の彼女の生きざまがテレビのドキュメンタリーでも取り上げられたことがあったが、80才をすぎてなお挑戦する気持ちはいっこうに衰えを見せていなかった。そのあたり、『ボディ・サイレント』の著者ロバート・マーフィー氏に通ずるものを感ずる。近年、彼女の社会学での数々の業績が著作集として出版された他、脳内出血で倒れてのち短歌を詠むようになった。次に、私が特に感銘を受けた一首を紹介しよう。

   萎えたるは
    萎えたるままに美しく
   歩み納めむ
    この花道を
     (鶴見和子歌集『花道』より)

 人生の終末にさしかかった時期に身体マヒを負うことになり、障害とともに生きることを迫られた鶴見さんだが、マイナスイメージでとらえられがちな「障害」というものに、そして自ら負った「宿命」に対して、積極的にそれを受け止め、美しく生きようとするその姿勢に、私は大いに感動させられるのだ。
 そして、これからお話しする「劇団態変」に関しても、同様の感動を受けないではいられなかった。

 「第40回全国知的障害関係施設職員研究大会(なら大会)」に参加していた私であったが、その合間を縫って、大阪城公園特設テントでの「態変」による公演「夏至夜夢(まなつのよのゆめ)」を観た。シェークスピアの『真夏の夜の夢』をモチーフにした、主宰・金満里氏の脚本・演出による作品だ。
 以前、「新宿梁山泊」のテント公演を取り上げ、今年私が観劇したなかでのベスト作品として位置づけたが、今回の「態変」の公演はそれに次ぐ作品と感じられた。そして、総合力では「新宿梁山泊」に軍配が上がるものの、舞台上の役者たちの存在感という点で「態変」は「新宿梁山泊」に肩を並べるか、あるいは上回っているようにも思えた。そういえば、テント芝居ならではの演出などの点では、「新宿梁山泊」や「唐組」を思い起こさせる部分もあったし、アングラ的な作り方がされていたと思う。セリフはなかったが、シェークスピアをベースにしていることもあってか、内容的にもわかりやすかった。
 「無言劇」のようでもあり、「舞踏」のようでもあり、「コンテンポラリー・ダンス」のようでもある、「態変」による身体表現は、ひとことで言えば、非常に美しかった。このことは、言葉だけではとてもうまくは伝えられず、非常にもどかしいのだが、スポットライトを浴びて今まさに存在している役者の存在、身体のマヒを伴ってそこにある肉体の美しさに、私は深く感動しているのだった(彼らに「同情の拍手」は無用だ)。
 マヒのからだは、役者の思いとは別の動きをすることもある。床を這って移動する役者の一人は誰の目にも明らかな「身体麻痺者」に違いなかったが、不思議なことに私は彼が「障害者」であることを半ば忘れかけていた。社会において障害を否定的にとらえる価値観が非常に強いが、ここではその価値観の転倒が起こったのだ。金満里氏の演出力に感服すると同時に、役者一人ひとりの存在が私たちに訴えかけてくる何物かの力に圧倒された。強い意志をもってそこに存在する、その生きざまが垣間見られた気がした。

 現在私は「福祉労働者」として生活の糧を得ているが、私が真に追い求めているのは「福祉」ということとはどこか違う気がしている。「福祉の対象」に「サービス」を与えていくことなどではなく、様々なハンディキャップを背負いながら生きる人々のその生きざまに寄り添うようにして生きていくことを望んでいるのだと思う。
 「劇団態変」の今公演では、予想していた以上の感動が得られた。最初に劇評として「美しい」と言ったが、「美しい」と「きれい」は違うものだ(岡本太郎氏が自著のなかでそう言っていた)。例えば、ピカソの絵は決して「きれい」ではないが、大変美しい。そこに作り手の生きざまが垣間見られ、その存在感に圧倒されるのだ。おそらく「態変」の美しさもそれに似た美しさではなかろうか(もしかすると「pH-7」の美意識もそれに近いのかも)。
 「態変」とともに私が注目しているものに「障害者プロレス」がある。障害をマイナスイメージでとらえがちな社会の価値観へのアンチテーゼを提示している点で共通した部分はある。「障害者プロレス」のなかにも美しさを発見する瞬間があるが、一方で、「態変」とはアプローチの仕方も、目指している方向も若干違うように思う。「障害者プロレス」が「芸能」だとすると(エンターテイメント性あるいは大衆性が強い)、「態変」の目指す方向性は「芸術」ということになるのだろう。「態変」の公演に感動した私は、次には「障害者プロレス」を観に行きたいとも思った。
 


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