| 2004年05月08日(土) |
【パリ観光】ヴェルサイユへいく |
私の予定では、土曜日は祝日ということでヴェルサイユ、日はオルセー、月はルーブル、その間にコンシェルジェリーやノートルダム寺院の塔、凱旋門などに登り、ゆとりがあれば、モンマルトルの丘へ。移動は気持ちのよさそうなオープンエアのバスを使おう……という計画でした。 しかし、予定は大いに狂いました。
まず、天気は回復せず、土曜日は大荒れの天気でした。 一日中雨ってことは少ないはずのパリですが、その日は一日中雨。しかも翌日も時々雨のどんより天気。その翌日も曇りの寒い日が続き、私にとっても初めての天気の悪さでした。 結局、姉がいる間に晴れた日は、帰る当日だけでした。ちょいと気の毒。 しかし、姉のイメージでは「パリは灰色にくすんだ街」だったらしく、まさにイメージぴったりだったようです。それは、おそらく「霧のロンドン」のイメージが、ヨーロッパすべてのイメージになっているからだと思われます。 そもそも姉は、パリにはあまり期待していなかったらしく、というか、移動して歩くのが好きらしく、タクシーの中でも「ユーロスターでロンドンまで行ってくる」とか言っていたくらいです。
しかも、土曜日の朝、姉は二日酔いかはたまた疲れが出たのか、朝、片頭痛を起こし、寝込む有様。スタートは午後からとなりました。 マルシェが立つ横を歩き、ミラボー橋を渡り、RERでヴェルサイユへ。 計画通りなんですけれど、なんせ天気が悪くて最悪。この橋からのエッフェル塔はなかなか見ごたえがあるはずなんですけれども、霧でかすんでいます。 切符を買おうとしたら、係りが留守で自販機しかない。使ったことがないので困っていたら、少し英語の話せる女の人が親切に教えてくれました。 しかも、RERは切符を無くさないように……とまで、アドヴァイスしてくれました。 私のガイドは、まったく役に立ちません。(^0^;
しかし、それが功を奏したのか、ガイドブックや旅行してきた人たちの噂から「フランス人は個人主義で冷たく、しかもおフランスだから気位が高いに違いない」と思い込んでいた姉には、目からうろこだったようです。 ニースでもパリでも、みんな困っている人には親切にしてくれます。地図を見て悩んでいる人がいると、「探しましょうか?」と声を掛けてくれる人がいるし、ドアは開けていてくれるし、昔よりもずっと英語が通じるところも増えて、旅行者には優しいです。
まあ、それはさておいて。 ヴェルサイユでは、まず食事。前に美味しかったところの定食を頼んだのですが、調子が悪いから軽いもの……といっていた姉が、何を思ったのかメニューを頼む瞬間に、肉料理に変更。 思えばニースでは、頼んだ料理がいつも同じ魚料理だった……ということもあり、変えたのだと思うけれど、てんこ盛りの肉とフライドポテトだった。私は、魚を頼んだのだけど、びっくりお頭付でした。 風と雨が激しくなり、ヴェルサイユ自慢の庭園は見ることなく、宮殿内を見ることに。 日本語のラジオ・ガイドを借りました。なかなか面白い解説でした。時々、団体客とぶつかってしまい、うんざりしたこともありましたが、比較的土曜日にしてはすいていました。 おそらく時間がすでに3時半を回っていたからで、この時間からは料金も安くなるというおまけつきでした。ただし、ガイドは6時までに返さなければならないので、駆け足だったかもしれません。
ヴェルサイユの残念なところは、鏡の間がなんと修復工事中でシャンデリアが4つしかぶら下がっていなかったことでしょうか? 解説にもありましたが、ヴェルサイユ宮殿は50年の歳月を掛けて作られ、その後も修復と増築を重ね、工事していない時がなかったとのことです。 思えば、パリの中の建造物もそうです。 必ずどこかここか工事しています。 失業対策? などと思うぐらい。思えばローマもそうだったし。 旅行して、工事中でたまたま見ることができませんでした……などという経験談を効きますが、あれはたまたまではなく当然というべきかもしれません。 工事中でない建造物をみることこそ、それこそたまたまかもしれません。
また、ヴェルサイユは絶対王政華やかな頃の家具や調度品のほとんどを失っています。 今あるもののたいていは、レプリカだったり、何もない部屋になっていたり。そういう意味では、調度品に期待していくと、少し見ごたえの点でさびしいかもしれません。 姉いわく、ルーブルのほうが、これでもかっていうほど華美な宮殿に思えた……とのことでした。 それって、期待度の違いっていうのもあると思いますが。
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