鶴は千年、生活下手

2011年10月21日(金) 経験と知識

思春期に両親のケンカを見て育ち、借金取りからの電話に応対し、
両親の離婚を経験し、父の友人の奥さんのノイローゼによる押し
掛けからこっそり逃げるために母と学校を休んでドライブしたり、
東京と山形を2往復して2回転校したり。
大人になったらなったで、自暴自棄な20代を過ごしていたら母が
突然亡くなり、出会った男がしょうもない男で借金を抱えて勤めて
いた銀行を辞めざるを得なくなったり、転職先の会社で酷使され、
徹夜明けで出張に行くこともざらだったり。

一番辛かったのは借金を抱えて銀行員だったときだ。
まだ独身だったし、いざとなったら保険金で近しい人からの借金は
返せるなと思いながら暮らしていて、鞄の中には誰にいくら返すと
いうメモを忍ばせていた毎日。
お金を返すことしか考えられなかった毎日。
それはしんどい。
もう、借金なんかしたくないのである、
だから、家のローンとか組む気になれないのかもしれない。

いろんなことにぶちあたりながら生きてきたが、ふしぎと心身を病
んだりすることがなかった。
しかしながら、20代の自暴自棄なころや、借金を抱えて暮らして
いたころは、とても正常な精神状態では無かったのだろうと思う。
まっとうな生き方をしていたら、そんなことにはならないよねって
いうような暮らしだった。

そんな時代が有ったからこそ今が有るのだが、かといってその頃を
思い出すのはまっぴらごめんである。

自分自身を追い込んでしまうことは誰にでもある。
わたしの場合は、それがポンとはじけるように外に向かって解決の
糸口を見つけたような結果になった。
それがもし、自分の内側に向かってさらに追い込んでしまうような
性格だったなら、心身を病んでいたのかもしれない。
ある意味、やけくそな行動が解決の糸口になった。
自分から墓穴を掘るように、周りに対して自分の状況を暴露した形
になったのである。
わたしは、借金でどうしようもないときに、銀行の上司に退職金は
前借りできないのかと相談した。
そんな相談をすれば、たちまち退職勧告されるのはわかりきったよ
うなものだが、わたしはつい相談してしまった。
結果として、退職金で銀行に迷惑がかからないようにして転職する
ことができたのだが、これが自分でポンとはじけたということかな
と思っている。
最後の決断の一歩は自分で歩みだすべきだったのだろう。

あの借金の額が貯金できていたらと思うと、めちゃくちゃもったい
ないと思うが、おかげで夫と知り合って結婚し、もぐちゃんも生ま
れた。
よく言われる、「高い授業料だったねえ。」というやつだ。
普通の女性が知っている以上のことを知っていると思うときが有る。
それは、高い授業料を払った経験による知識であろう。

結局は困難な状況というのは、1人でなんとかしようとするから、
ますます困難な状況に陥ってしまうのだと思う。
転職を機に、わたしは姉の家に居候させてもらい、義兄に少しずつ
お金を返しながら、サラ金の借金も返した。
周りの人々の力が必ず必要なのだ。
それは協力であったり、拒絶だったりするが、どちらにせよ何かを
与えてくれるものなのである。

困難な状況に有ったら、誰かに助けを求めてほしい。
たとえそれが、自分の子を育てるという、一見困難なことに見えな
いことであったとしても、当事者にしかわからない困難さがあるな
ら、誰かに助けを求めよう。


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市屋千鶴 [MAIL]