鶴は千年、生活下手

2011年09月03日(土) 自転車並み

自転車並みのスピードで北上中の台風だが、1学期の終わりにも
台風が来ると大騒ぎをして、関東、というか相模原のこの辺りは
それほどではなかったような気がする。
今回も、相模原市に大雨・洪水警報が出たが、相模原市は合併し
てやけに広い市になったので、ひとくくりにはできないようだ。

父の死に際して、涙の一粒も出なかったのは、横たわっている父
が、最後に見た父の姿とあまりにかけ離れていたからなのかもし
れない。
もとから自分の中での存在感を薄くしてきたものだから、実際に
存在しなくなったことを実感できていないのだろうか。
すでに思い出の人になっている人は、改めて思い出の人にはなれ
ないのかもしれない。
わたしの中の父の思い出は、小学校の頃のものがほとんどなので、
そこから後のことは母の思い出の一部として存在してきたのだと
思う。
ともに苦労した母の死は、わたしにとってとてつもなく大きいも
のだったし、その後の自分の堕落ぶりを思い出すと、母の存在の
大きさを思い知ることができる。

ともに苦労したという点では、父に対する義母の気持ちは想像以
上なのではないかと思う。
がっくりくるものなのか、自由に動けるようになった自分自身を
楽しむ方向に考え直すことができているものなのか。
心配になってもなかなか電話もできないのが、まあ複雑な義理の
仲ということなのだろう。

このわたしが、母親になるなんて思ってもいなかった。
小さい子の親になるなんて、小さい子を育てているなんて。
まったく不思議なものである。
まあ、それが人生なのだけれど。

 ゆっくりと周りもちゃんと見渡せる自転車並みの日々を楽しめ(市屋千鶴)


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市屋千鶴 [MAIL]