鶴は千年、生活下手

2011年05月12日(木) テレビと時間と声かけと

4月から、透析室のテレビが地デジ対応となり、そのついでにと
いうかなんというか、テレビカードで視聴するようになった。
テレビっこのわたしとしては、テレビを見るのに費用がかかるの
はいたいところだ。
テレビカードを挿入すると残り時間が表示されるが、購入できる
のは透析室の前室とも言えるロビーなので、順番が早いときには
ベッドからもう一度ロビーに戻れないこともある。
今日は残り42分だったが、もうすぐ順番だったので、テレビは
我慢することにした。
すると、不思議なもので、短歌ができた。
なんとかぷらむ短歌会の締め切りに間に合いそうだ。

昨日のもぐちゃんの連絡ファイルに、「大荒れでした」とあった。
大荒れだったんだともぐちゃんに言うと、20分休みにドミノ遊
びをしていたら先生にやめろと言われて嫌だと騒いだとのこと。
授業の時間だからやめなさいって言われたんじゃないかときいた
が、もぐちゃんはどうしてやめなければならないのかわからない
ままに、手を引っ張られて嫌だったのだと言った。
わからないなら理由を聞けばいいようなものだが、そこまで考え
ないのがもぐちゃん達。
行動を制限されたことへの反発が強すぎて冷静になれないのだ。

今年、もぐちゃんの担当になった女性教師が、今週から2ヶ月間
の療養休暇に入ったため、新しく別の女性教師が担当になった。
その教師との一悶着だったようだ。
(療養休暇になったのが、我が子のせいでなければよいのだが。)
また、1からもぐちゃんの特性を理解してもらわなければならな
いのかと思った。
とりあえず、連絡ファイルには、なぜなのかわからないままだと
いうことを書き、「わからないときは訊きなさいと言いました。」
と書いておいたが。

今日の連絡ファイルには、「昨日のドミノのことにつきましては
いい具合におさまりました。面談のときに詳しくお話しします。」
と書いてあったので、もぐちゃんに訊くと今日は何もそのことは
話していないと言う。
いい具合におさまったというのは、騒いでいたことが落ち着いた
ということなのだろう。
しかし、落ち着いたからそれでいいのではないのにと思う。
声かけの仕方次第で遊びをやめることができるようになってきて
いるのだから、そこはわかってほしいと思う。
彼らに必要な配慮の第一は、声のかけ方なのだから。

しかし、夫はこういうかもしれない。
世の中のみんながみんな、配慮してくれる大人ばかりではない。
唐突に叱られるだけのことも有るだろうから、そういうことにも
なれていかなくちゃいけないんじゃないか、と。
確かに世の中に慣れていくということは大事なことだが、それが
まだ2年生でもかとも思う。
まだもう少しは、配慮する目の中に居てほしいと思うのは母親だ
からか。


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市屋千鶴 [MAIL]