鶴は千年、生活下手

2011年02月12日(土) 話しかける

先日、もぐちゃんを学校に送った帰りに、一人の女性から話しか
けられた。
どうやらお孫さん(2年生の女の子)を送り迎えしているようだ。
昨年に転校してきて、なかなか気が弱くて学校に行くのにも一人
では行けないのだとか。
孫には甘くなってしまって、とおっしゃるその女性は、でもうち
は孫に寄り添っていてあげたいんですよと付け足した。

お母さんは昼も夜も働いているとちらっと言った言葉から、離婚
して母親と暮らしているのだろうかと思った。
女の子二人と、5ヶ月になる男の子の三人兄弟だそうである。
お母さんが忙しい分、祖母であるその女性はお孫さんの面倒を見
ているのであろう。

もぐちゃんを送り迎えしているわたしを見ていて、一度お話をし
てみたいと思っていましたとおっしゃった。
わたしも孫を連れているように見えたのだろうか。(苦笑)
木曜日に病院から戻ったところで、学校帰りのその方を見かけ、
こちらから挨拶したが、覚えていてくださってありがとうと言わ
れた。
一度話をしたことがあれば、挨拶をするのは当然のことと思って
いたわたしは、ありがとうと言われたことに逆に驚いてしまった。
それほど、人間関係が希薄になっているのだろうか。

どんな年齢の人であれ、人との会話は必要なことなのだ。
だれかとつながっていると思えること。
一人ではないと思える瞬間が必要なのだ。
たとえ家族がいたとしても、他者とのつながりは必要なのだ。
社会とのつながりが必要なのだと思う。

とりあえず、挨拶だけはいつもにこやかにできるようにと。(祈)

 ひとことで落ち込むことも救われることもあるとは校長の言葉(市屋千鶴)

2月の学校だよりに校長先生がこんなようなことを書いていた。


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市屋千鶴 [MAIL]