先日、もぐちゃんを学校に送った帰りに、一人の女性から話しか けられた。 どうやらお孫さん(2年生の女の子)を送り迎えしているようだ。 昨年に転校してきて、なかなか気が弱くて学校に行くのにも一人 では行けないのだとか。 孫には甘くなってしまって、とおっしゃるその女性は、でもうち は孫に寄り添っていてあげたいんですよと付け足した。
お母さんは昼も夜も働いているとちらっと言った言葉から、離婚 して母親と暮らしているのだろうかと思った。 女の子二人と、5ヶ月になる男の子の三人兄弟だそうである。 お母さんが忙しい分、祖母であるその女性はお孫さんの面倒を見 ているのであろう。
もぐちゃんを送り迎えしているわたしを見ていて、一度お話をし てみたいと思っていましたとおっしゃった。 わたしも孫を連れているように見えたのだろうか。(苦笑) 木曜日に病院から戻ったところで、学校帰りのその方を見かけ、 こちらから挨拶したが、覚えていてくださってありがとうと言わ れた。 一度話をしたことがあれば、挨拶をするのは当然のことと思って いたわたしは、ありがとうと言われたことに逆に驚いてしまった。 それほど、人間関係が希薄になっているのだろうか。
どんな年齢の人であれ、人との会話は必要なことなのだ。 だれかとつながっていると思えること。 一人ではないと思える瞬間が必要なのだ。 たとえ家族がいたとしても、他者とのつながりは必要なのだ。 社会とのつながりが必要なのだと思う。
とりあえず、挨拶だけはいつもにこやかにできるようにと。(祈)
ひとことで落ち込むことも救われることもあるとは校長の言葉(市屋千鶴)
2月の学校だよりに校長先生がこんなようなことを書いていた。
|