鶴は千年、生活下手

2006年01月13日(金) 許すこと

わたしは、父のことは理解できるし、納得もしてはいる。
父が母と相性が良くなかったことも認めるし、父にとって今の奥
さんが良いパートナーであることも認める。
父の性格もよく分かっているし、その性格ゆえに抱えた負債のこ
とや失踪というその解決方法もなんとなく理解できる。

しかし、頭では理解できても、感情ではやはり許せないのである。
親は敬うべき存在であるということや、親が有って自分の存在が
可能になったこともわかりきったことではある。
それでも、やはり父をすっかり許してしまうことはできないので
ある。
許すということは、どういうことなのか。
被害を被ったという時点で、立場が上になるのだろうか。
許すという言葉には、立場が上のものが下のものの過ちを認めて
やるというニュアンスがあるような気がする。

わたしが父を許せないのは、許してしまったら、父のために苦労
した母に申し訳ないような気がするからだろうか。
もし母がまだ生きていて、父のことを話し合いことができたなら。
母の本音を聞くことができたなら、父を許すことができたのかも
しれない。
しかし、母とそういうことを本音で話し合う前に、母は逝ってし
まった。
わたしは、踏んばって子供を守ってくれた母が大好きである。
だからこそ、父が許せないのだと思う。
自分にとっては父は、無くてはならない人ではなかった気がして
いたから、父が自分達より今の奥さんを選んだことについては別
にどうということはない。
だが、母に与えた苦労を思うと、それが悔しいと思う。

きちんと母に謝って欲しかった。
それがわたしが父を許せない、ただ一つの理由なのかもしれない。
16年以上経つというのに、わたしは亡くなった母の笑顔にまだ
縛られている。

 最後まで笑顔ばかりを子に残し逝きし吾が母 あなたが恋しい(市屋千鶴)


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市屋千鶴 [MAIL]